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 太平洋を取り囲む環太平洋地域の国々の間で経済の自由化を目的とした経済連携協定を結ぶTPP。そのTPP導入をめぐって現在も様々な議論が為されています。今回はTPPとは何か。そのメリットとデメリットを中心に探りました。
TPP


TPP
「環太平洋戦略的経済連携協定」
【1】TPPとは何か?
【2】TPPのメリットとデメリット
【3】TPPと医療〜TPPで変わる医療制度とその問題点〜
【4】TPPと農〜TPPで食の安全は果たして守られるか?〜

【1】TPPとは何か?

 本節では、そもそもTPPとは何か。その内容と課題について簡単に解説しました。
TPPとは何か?

 TPPとはTrans-Pacific Strategic Economic Partnership Agreementの略で、日本語では「環太平洋戦略的経済連携協定」と訳します。その言葉通り「太平洋を取り巻く国々で経済の連携を深める協定を結びましょう」というものです。
TPPとその参加国 TPPの大きな柱となっているのは自由貿易の促進と国際通商ルールの統一化です。まず前者について言えば、例外なき関税撤廃を原則とし、貿易商品の全品目について関税の即時ないし段階的に撤廃してゆくことになっています。一方後者について言えば、金融システムや知的財産の保護、海外企業の参入など国ごとに異なるビジネスのルールを統一することでTPP参加国企業が国境を越えて自由に活動できることを促そうとするものです。なお、本来は1995年に設立されたWTO(世界貿易機関)の下で世界的な自由貿易を進める交渉が行なわれていたのですが、実際は目立った進展が見られない状況となっているため、局地的に2国間や複数国間でFTA(自由貿易協定)やEPA(経済連携協定)を締結する動きが近年活発化しています。TPPもこうした動きの一環で、より広い地域間が対象である他、交渉の内容もEPAに近いものとなっています。


自由貿易協定(FTA)と経済連携協定(EPA)
 FTA(Free Trade Agreement:自由貿易協定)とは、2つ以上の国(または地域)の間で関税をなくし、物品及びサービス貿易を自由化するために締結される協定のことで、そのような自由な貿易を一層進めることを目的とした協定のことを言います。なお、日本はFTAを基礎としながら、FTAの要素に加えて、たとえば人の移動や投資の促進、知的財産、競争政策等の分野での制度の調和、また政府調達など様々な分野での協力などのより幅広い分野を対象として経済上の連携を強化することを目的とした協定を推進しており、これら2国間協力による貿易以外の分野を含めて締結される包括的な協定のことをEPA(Economic Partnership Agreement:経済連携協定)と言います。

TPP
 TPP(Trans-Pacific Strategic Economic Partnership Agreement:環太平洋戦略的経済連携協定)とは、シンガポールやニュージーランド、チリ、ブルネイの4カ国が参加する自由貿易協定のことで、最初2006年に発効しました。その後、2010年3月に米国と豪州、ペルー、ベトナムを加えた8か国で交渉を開始し、現在はマレーシアとカナダ、メキシコ及び日本を加えた12か国が交渉に参加しています。TPPは例外品目がなく100%関税を撤廃するというもので自由化レベルが高く、包括的な多国間でのFTAであると言えます。仮に日本がTPPに参加すると、競争力が弱いと言われている農業分野等で打撃を受けることが予想され、国内問題をどう解決するかが大きな課題となっています。

議論されているテーマ及び分野

 TPPの議論の対象は21の分野に分かれ、多岐に渡りますが、3つに大別できます。


■自由貿易に関するもの
1)物品市場アクセス
 物品の貿易に関して関税の撤廃や削減の方法等を定めると共に内国民待遇など物品の貿易を行なう上での基本的なルールを定める。
2)原産地規則
 関税の減免の対象となる締約国の原産品(=締約国で生産された産品)として認められる基準や証明制度等について定める。
3)貿易円滑化
 貿易規則の透明性の向上や貿易手続きの簡素化等について定める。
4)SPS(衛生植物検疫)
 食品の安全を確保したり、動物や植物が病気に罹らないようにするための措置の実施に関するルールについて定める。
5)TBT(貿易の技術的障害)
 安全や環境保全等の目的から製品の特質やその生産工程等について規格が定められる場合、これが貿易の不必要な障害とならないようルールを定める。 
6)貿易救済(セーフガード等)
 ある産品の輸入が急増し、国内産業に被害が生じたり、或はその恐れがある場合、国内産業保護のために当該産品に対して一時的に取ることができる緊急措置(セーフガード措置)について定める。
7)越境サービス貿易
 国境を越えるサービスの提供(サービス貿易)に対する無差別待遇や数量規制等の貿易制限的な措置に関するルールを定めると共に市場アクセスを改善する。

■ビジネスルールの統一化に関するもの
8)政府調達
 中央政府や地方政府等による物品及びサービスの調達に関して内国民待遇の原則や入札の手続等のルールについて定める。
9)知的財産
 知的財産の充分で効果的な保護、及び模倣品や海賊版に対する取締り等について定める。
10)競争政策
 貿易及び投資の自由化で得られる利益がカルテル等によって害されるのを防ぐために、競争法や政策の強化・改善、また、政府間の協力等について定める。
11)商用関係者の移動
 貿易及び投資等のビジネスに従事する自然人の入国及び一時的な滞在の要件や手続等に関するルールを定める。
12)金融サービス
 金融分野の国境を越えるサービスの提供について、金融サービス分野に特有の定義やルールを定める。
13)電気通信サービス
 電気通信サービスの分野について通信インフラを有する主要なサービス提供者の義務等に関するルールを定める。
14)電子商取引
 電子商取引のための環境及びルールを整備する上で必要となる原則等について定める。
15)投資
 国内外の投資家の無差別原則(内国民待遇、最恵国待遇)、投資に関する紛争解決手続等について定める。
16)環境
 貿易や投資の促進のために環境基準を緩和しないことなどを定める。
17)労働
 貿易や投資の促進のために労働基準を緩和すべきでないことなどについて定める。

■TPPの運用に関するもの
18)制度的事項
 協定の運用等について当事国間で協議等を行なう合同委員会の設置やその権限等について定める。
19)紛争解決
 協定の解釈の不一致等による締約国間の紛争を解決する際の手続きについて定める。
20)協力
 協定の合意事項を履行するための国内体制が不充分な国に対して技術支援や人材育成を行なうことなどについて定める。
21)分野横断的事項
 複数の分野にまたがる規制や規則が通商上の障害にならないように規定を設ける。

日本企業とTPP

 本項では、TPPが日本の各産業にどのような影響を与えるかを簡単に考察します。
自動車

TPPと自動車産業 自動車業界は日本の産業界の中でTPP交渉参加の最大の恩恵を受けると言えます。たとえば交渉参加国の中で最大の経済を持つアメリカは乗用車に2.5%、商用車に25%の輸入関税を設けていますが、これがなくなればアメリカの自動車市場で大きな存在感を持つ日本にとって有利になると考えられます。また他の交渉参加国でも、人口約8700万人のベトナムが2013年で78%の高率関税を設けていますし、マレーシアでも15%の関税を設けています。これらの関税がなくなれば、日本からの輸出や日本メーカーが持っている海外工場からの輸出が活発になることが予想されます。
 ただし、話はそう単純ではなく、日本が交渉参加するに当たっての事前協議の結果、アメリカは自動車関税の解消をできるだけ先延ばしすることになりました。最大10年間の先延ばしになりますが、実際のところ関税を引き下げるかどうか不透明です。また、カナダともアメリカ同様事前協議することになります。オーストラリアとは別途締結した日豪EPA(経済連携協定)で乗用車5%の関税を残すことになりました。従って、他の国に関しても直ちに自動車関税がゼロになると考えるには無理があると言えます。もっとも、今の関税が維持されたとしても、日本の自動車メーカーが困ることはなさそうです。自動車の世界では消費地生産主義が現在の大きな流れになっていて、要するに販売する国やその近隣で税制、立地等で生産が有利な国での現地生産が一般的になっています。そのため日本からの輸出は、技術漏洩を防ぐ必要があるエコカーや、生産量が少ない高級車に限られるようになっているのです。そのため、仮に自動車の輸入関税がゼロになっても、直ちに自動車貿易が活発になるわけではありません。ただ日本のメーカーにとっては、現地生産か輸出かという事業の選択肢が増えることになります。また、TPPによって貿易が活発になり、それが各国の経済成長に寄与することになれば、自動車販売が増え、結果的に日本の自動車メーカーにとってメリットが発生するだろうということは言えるでしょう。なお、アメリカから日本の軽自動車規格に対して、これを非関税障壁として撤廃するよう要求が出されています。軽自動車は税金で優遇されていると言うのですが、実は軽自動車の購入者が支払う税金は、販売価格に含まれているものと消費税とを合わせてアメリカの自動車関連税とほぼ同じであり、日本の登録車の税金の方がアメリカのそれよりも高いのです。アメリカ車が日本で売れないのはアメリカ自動車メーカーの努力不足も一因と言えるでしょう。また、軽自動車は日本では特に地方で人々の足となっており、新興国で人気がある1000CC前後の大衆車を開発、生産する際の技術基盤でもあります。日本が手放すことはないと言ってよいでしょう。以上、TPPの交渉にはかなりの困難が予想されます。
農業、農産物、加工食品

 日本は多くの農産物、乳製品、食品の原材料、半製品などに高率の輸入関税をかけています。日本の農業は兼業農家が多いため集約化が進んでおらず、その結果、国際競争力がありません。従って、輸入品から農業を守り食料自給率を維持することが農産物に高率の輸入関税をかける大義名分になっています。ただし、日本の農業の国際競争力に対しては様々な意見があり、たとえば日本の米や牛肉、また果物もアジア各国の富裕層に人気があり、ここから見ても、日本の農業に輸出競争力があるかどうかはより大規模に考察してみなければ分からないと言えます。実際、牛肉や豚肉、鶏肉、鶏卵など比較的関税が低い分野では、輸出市場の開拓に成功した例や輸入品と互角に競争している例を見出すことができます。これらの品目は段階的に輸入関税を引き下げており、政府の集約化や強化政策もあって大規模化が進んだケースが多く見られます。米や乳製品でも時間をかければ今より低い関税でも日本の農業を維持してゆけると考えることもできるでしょう。ちなみに日本政府の試算では、関税ゼロを実施して各種の補助策を行なわない場合、自動車輸出や消費、投資の増加分が農業生産の減少分を上回り、実質GDPが3.2兆円増加するとあります。ただし、これは何も対策を取らない場合であり、実際にはこれに政府の補助金や各種支援策のプラスマイナスを加える必要があると言えるでしょう。
 確かに関税をゼロにするには無理があるでしょうし、たとえ段階的に関税を引き下げる場合でも、最終的に到達する関税の数字によってはTPP交渉国間や日本国内で揉める可能性が高いと言えます。特に米と乳製品は、農機や農協(金融)、流通、乳製品の加工工場などサプライチェーンが長く、関与している人たちも多いため、雇用の問題や農協の金融問題(貸し金の焦げ付きなど)に発展する可能性があります。特に米価が急低下した場合は農協の金融問題になりかねず、乳製品が海外品との競争に負けた場合は全国にある乳製品工場の存続と雇用の問題になることも充分に考えられます。ちなみに、麦や脱脂粉乳などの関税が下がれば、パンや乳製品のコストが安くなって、パンメーカーや乳製品メーカーにとってプラスになるという考え方はあるでしょう。しかし、その一方で、TPPが呼び水となって日本に対する製品輸出を強化する企業が出てきた場合どうするのかという問題があります。たとえばニュージーランドの国営企業フォンテラは年間売上高約1兆6000億円の世界有数の乳製品会社であり、もしも日本の乳製品の輸入関税がゼロになるか充分に下がってフォンテラが対日輸出を本格化させると日本の乳製品メーカーは大きな打撃を受ける可能性があります。これは米でも起こりうることであり、もしも日本の大手商社や食品卸、大手流通グループなどがアジア各国で日本の銘柄米の作付けに成功し、それを日本で販売したとすれば、各企業はそれなりの成功を収めるかも知れませんが、その一方で日本の農家は打撃を受ける恐れがあるのです。

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【2】TPPのメリットとデメリット

 TPPの問題点は何か。本節ではまずそのメリットとデメリットをそれぞれ取り上げて解説しました。
TPP参加の意義

 実は日本はTPP交渉参加国のうちアメリカやカナダ、オーストラリア、ニュージーランドの4か国を除く全ての国(7カ国)と既にEPAを締結しています。また、TPPに関する自民党の公約は「例外なき関税撤廃を前提とする限りTPP交渉には参加しない」というものですが、大幅に遅れて参加してきた日本の言い分が交渉の場でどこまで通るのか未知数ですし、国内には依然として反対意見があり、そもそもTPPに参加するメリットはあるのかという見方もあります。

■TPPの経済効果


 まず日本がTPPに参加する意義として考えられるのはTPPの規模であると言ってよいでしょう。TPPの交渉参加国は日本を含めて12か国ですが、その経済規模は世界のGDPの約40%、世界貿易の約3分の1を占めており、EUをも上回るものがあるのです。すなわち、巨大経済圏に組み込まれることによる経済的・政治外交的なメリットがまず第一に挙げられるわけです。ただし、TPP参加の本当の意義は別のところにあります。日本は現在TPP以外にも多くの通商交渉を抱えており、たとえば中国・韓国との3国間FTA交渉をはじめ、EUとのEPA交渉も始まっています。また、ASEAN10か国と周辺主要6か国との間でもRCEP(東アジア地域包括的経済連携協定)というEPA交渉も開始されます。TPPに限らず、世界的に多国間・地域間の通商ルールを決めてゆくという大きな世の中の流れが背景にあるのです。確かにこれまで国内の規制などで保護されてきた分野からしてみれば当然厳しい競争環境に晒されることになりますが、その一方で多くの国や地域との間でビジネスチャンスが拡大することにも繋がります。アベノミクスの3本目の矢は成長戦略ですが、日本は今後人口の減少や超高齢化社会を迎えるため国内の経済規模や需要の大きな拡大は見込みにくく、海外の成長を有効に取り込んでゆくことが重要になってきます。
外国から見たTPPのメリット

 日本のメディア報道は、どうしても日本側のメリットやデメリットにばかり目線がゆきがちですが、TPPは多国間交渉なので必ず相手方が存在します。その相手方にもそれぞれの立場があるので、もちろん日本に対してもそれぞれの思惑を持ってTPP交渉に参加しているはずです。そこで、外国から見たTPPのメリットについて考えてみたいと思います。
 TPPは実質上アメリカが主導しています。そこにたくさんの太平洋諸国が加わることでアメリカとの自由貿易圏を作るというのが本来の目的です。そこに日本が加わると、どうなるでしょうか。日本とアメリカのGDPを合わせると、何とTPP参加国全体の中でも90%以上を占める巨大な経済パワーとなるのです。そのため、従来はアメリカとの貿易圏を作るだけでもメリットを感じていた参加諸国が日本がTPPに加わることに大きなメリットを感じています。日本は後から入りたいと言い出したわけで、本来であれば冷遇されてもおかしくない局面なのですが、アメリカの動きもあって、日本は後発ながらTPPの交渉にしっかりと参加できている状況です。これは間違いなく、既に参加を決めている国々が日本という市場に魅力を感じているが故なのです。日本が貿易の各部門で関税を撤廃すれば、外国にとっては大きな貿易市場となります。特にTPP参加国の中には農業を主要な産業に据えている国が多いため、農業分野で日本市場に参入できることに意義を感じている国も少なくありません。このように外国から見たTPPは、アメリカだけでなく日本の市場にも参入しやすくなる環境そのものなのです。
TPPのデメリット

 TPPには一体どんなデメリットがあるのでしょうか。メディア報道ではデメリット部分についての言及が多いので、TPPはメリットよりもデメリットの方がよく伝わっているという実情があります。しかしながら、こうしたデメリット報道の多くは感情的なものも多く、根拠を余り示さずに闇雲に「黒船がやって来る」といったような論調が多いと言えます。それでは、実際のところTPPには一体どんな具体的デメリットがあるのでしょうか。
 TPPによる関税の低下ないし撤廃によって海外の安価な商品が流入することでデフレを引き起こす可能性があると指摘されています。ただでさえ長らくデフレに苦しんだ日本経済で、また、インフレターゲットを設定してまでデフレ脱却を意図している日本にとって、外的要因で再びデフレ基調になるのは見過ごすことはできません。次に、これは散々報道されている農業に関するデメリットで、アメリカやオーストラリアなどから安い米や農作物が大量に流入し、日本の農業及び農家に対し大きなダメージを与えるというものです。食品添加物や遺伝子組み換え食品、残留農薬などの規制緩和もTPP交渉では重要な課題となっており、食の安全と安心について日本の常識が通用しなくなる可能性があります。また、医療保険の自由化及び混合診療の解禁によって国保制度の圧迫や医療格差が広がると危惧する声もあります。日本が誇る国民皆保険制度がアメリカのように何でも有料になってしまうのではないかという懸念です。
TPP参加で中小企業にメリットはあるか?

 本項では、中小企業にとってTPPはメリットがあるのか、また、環境面の影響はどうなのか考えてみます。

 製造業のメリットとして、まずは参加各国の工業製品の関税撤廃が考えられます。交渉参加各国の工業製品の平均関税率を見ると、日本は1.7%、経済規模が大きい米国は2.0%、オーストラリアが2.5%で、日本より関税が高い関係国が多いので、関税撤廃の恩恵は日本の方が大きい計算になります。しかし、そもそも工業製品の関税は充分低くなっている場合が多く、撤廃されても劇的に価格を引き下げられる分野は少ないでしょう。しかも輸出入に関わっていないとその恩恵は全くありません。帝国データバンクの調べでは、データベースに登録している国内企業139万社のうち、直接・間接を問わず輸出をしている企業は3万3000社で、僅か2%です。輸入をしている企業は7万1000社と少し多いのですが、それでも僅か5%にすぎません。殆どの中小企業では直接的なメリットは余り感じられないと思います。また、日本の主力産業である自動車の分野を見ると、米国は乗用車に2.5%、トラックに25%の関税をかけていますが、米国側は自動車の関税については例外として撤廃しないか、長期間維持する意向を既に日本に伝えています。まだ関税率引き下げや撤廃までの期間短縮の可能性はありますが、短期間にゼロにするつもりはないということです。たとえば既にFTA(自由貿易協定)を結んだ韓国に対する姿勢を見ると米国の考え方がよく分かるのですが、最近韓国政府が地球温暖化対策としてCO2排出量が少ない車を購入する場合に補助金を出し、逆に排出量が多い車の場合に負担金を求める制度を設けようとしたところ、米国は協定違反になる可能性があるとして圧力をかけ、先送りさせたのです。米国側はTPP参加に向けた事前交渉で日本に対し軽自動車に対する優遇措置を止めるように要求してきていますし、TPPに参加した場合、大型で燃費が悪い車が多い米国車にとって不利になるような補助や規制の政策を行なった場合、米国の自動車メーカーから訴えられる可能性もあります。TPPには、投資を行なった企業がTPPの取り決めに反する政策によって損失を被った場合、相手国の政府や地方自治体を直接訴えられるとするISDS条項という項目があるからです。この条項自体は日本もEPA(経済連携協定)やFTAを結ぶ時には日本企業が投資しやすくする意味もあって入れているので珍しいものではありませんが、TPPの場合、取り決めの範囲が広く、求められる規制緩和のレベルも高く、しかも訴訟大国米国が入っているため、これまでとは違い、日本側が訴えられる可能性を考えなければならないのです。燃費のよい車作りは日本企業の得意とするところで、エコカー補助金のように環境対策も兼ねた経済政策による後押しもあったわけですが、TPPに参加すると、こうした政策の幅が狭められる可能性があるわけです。自動車関連の中小企業はTPPに余り期待しない方がよいでしょう。
 内閣府の試算では、参加国が全品目関税ゼロにした場合の日本の経済メリットが10年で2兆7000億円、つまり年間僅か2700億円と元々少ないのですが、自動車の対米輸出時の関税総額が年間850億円ほどなので、単純にこれを差し引くと年間のメリットは1000億円台まで減ることになります。誰しも、これほどメリットが少ない協定に高いリスクを冒してまで参加する意味があるのだろうかと考える方が自然ではないでしょうか。
メリットよりデメリットが多すぎるTPP

 TPP加入は、日本が規制により保っている「国民の権利」が全て外国資本に開放されることを意味します。


■TPPによってもたらされるもの
各種関税の撤廃
 格安輸入品の氾濫で国内製造業が死滅して失業率が上昇。デフレ圧力により景気が悪化し、そのため賃金も低下する。
公共事業入札の自由化
 外国企業の参入で中小企業の倒産急増し、失業率も上昇する。また、外国企業による粗悪な工事でトラブル続出する。
労働市場の自由化
 外国人労働者の大量流入により日本人労働者の失業率が上昇し、労働賃金がさらに低下する。それに伴い貧困が拡大、いま以上の格差社会をもたらす。
労働市場の自由化
 日本の個人農家が死滅。また、日本の食料自給率が大幅低下した時点で外国産農産物値上げで食品価格が高騰する。外国資本による農業法人への参入と農地の取得、逸れに伴い、日本の農地で外国人を低賃金で働かせて遺伝子組換え作物が栽培されるようになる。
郵政の完全民営化
 200兆円の国民資産が、郵貯・簡保の数兆円の株式を買った外国資本の運用下に入る。また、日本国債の大きな引受け手がいなくなり、日本の財政破綻リスクが高まる。欧米で金融危機が起きれば日本国民の資産が吹き飛ぶことになる。
共済の自由化
 JA共済や全労済、県民共済、COOP共済などの共済制度が廃止され、そこに外国保険会社が参入することで国民資産がさらに外国資本の運用下に入る。
混合医療の自由化
 医療費高騰で国民皆保険が崩壊する。完全自由診療化に伴い、医療費がほぼ全額個人負担になる。また、民間の医療保険も高騰して機能しなくなり、庶民は今までのように気軽に病院に罹ることが難しくなる。
弁護士の自由化
 日本の裁判でアメリカ人の弁護士が英語で米国企業の弁護を出来るようになる一方、その逆は認められない。
武器の購入自由化
 格安な外国製兵器の採用で国内軍需産業が死滅する。
ライフラインの自由化
 各種ライフラインの経営に外国資本が参入し、電気・水道・ガスなどの公共料金価格が不安定になる。また、多くの国民が支払う水道光熱費が外国に流れることになる。水源地の外国資本による買収で水が高騰することも考えられる。
教育の自由化
 外国資本による私立学校経営が可能になる。
マスコミの自由化
 テレビ局及び新聞社の外国資本による買収が可能になる。


■TPP参加のメリットとデメリット
TPP参加のメリット
  1.  日本からの輸出品に相手国の関税がかからないため、電機・自動車などの輸出品が売れるようになる。日本国内の市場は冷え込んでおり、海外で物を売りたいので、日本の輸出産業にとってTPPは大きな魅力がある。

  2.  小麦粉に関して言えば殆どが輸入だが、原価は安いのに関税が非常に高いために企業や個人が輸入できない。また、それを政府が中継してるため、中間搾取が非常に大きい。それがTPPによって関税がかからなくなり、安く輸入することが出来るようになる。

  3. 金持ちがさらに金持ちになる。
TPP参加のデメリット
  1.  日本で関税がかからないので海外から安く様々な物が買えるようになり、特に食品については農業・畜産品についてどんどん安いものが入ってくるようになるため、値段で太刀打ちできない国内農業が衰退する恐れがある。米などは現在700%程度の関税が課せられており(商品の7倍の価格)、これが撤廃されると、輸入格安米が国内に流入して農家がやってゆけなくなる。

  2.  取りあえずTPPに入れば海外の安いものが物やサービスが入ってくることになるが、トータルすると確実に輸出分より輸入分の方が多くなる。国民はそれら物やサービスを安く購入できるようになるだろうが、逆にその分、日本国内に流れるはずだったお金や雇用が海外に流れることになる。これが日本のためになるはずがない。

  3.  関税だけでなく外国人労働者の受け入れ問題が生じる。

  4.  国民皆保健制度が破綻する恐れがある。

  5.  TPPの内容について国民の殆どが理解していない、メリットばかりでなくリスクを含む内容説明が充分に為されていない。

  6.  関税がなくなることによるデフレが加速する。

  7.  金持ちにはよいかも知れないが、中産階級はますます貧乏になり、底が知れない。


TPP参加の問題点
  1.  TPPの協定内容は全てアメリカの議会によって承認されなければならない。

  2.  交渉参加国はASEANと自由貿易協定を締結している。つまり、障壁があるのはアメリカである。

  3.  マイクロソフトはTPPによって知的財産権保護のためDLファイルの有料化を提言している。グーグルはそれに反対している。

  4.  外資投資による土地・資源などの資産購入について制約を緩和する内容も盛り込まれている。

  5.  漁業権などを外資に購入された場合、漁業で成り立っているような地方の地域への悪影響は計り知れないものがある。

  6.  日本の国営貿易会社(主に農産物)に対し、既にアメリカは反競争主義だとクレームをつけている。

  7.  公共工事において外国企業の入札参加の権利を要求している。日本では復興事業に多大な影響が考えられる。

  8.  アメリカは遺伝子組換作物について特に強い要求を提案している。

  9.  TPPの基本的考えは発行後10年以内に例外なく関税をゼロにするものだが、アメリカは農業について譲歩していない。

  10.  ニュージーランドの乳業、オーストラリアの砂糖についてアメリカは一切譲歩しないと明言している。

  11.  パブリックコメントや意見募集において外国企業も発言可能になるように求めている。

  12.  TPPの交渉内容は署名されるまでは非公開である。

  13.  TPP加盟国の義務は他の加盟国にも強制される。

  14.  投資家にはその国への政策的助言に参加する権利が与えられる。

  15.  規則や義務の変更はアメリカ議会の承認が必要となるため極めて困難である。


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【3】TPPと医療〜TPPで変わる医療制度とその問題点〜

 TPPが全面的に導入されると、日本の医療制度はどのように変わるのか。本節ではその点で懸念される事態について取り上げ解説しました。
TPPがもたらす医療・医薬品のメリットとデメリット
TPPで医療が自由化した場合に起こりえること

 TPP参加で心配されていることのひとつが、公的医療制度についての自由化です。たとえばTPPに加入すると、医療保険会社が今の日本の公的医療保険に進出することが可能となりますが、これによって国民皆保険制度が崩れることが懸念されているのです。今の日本の国民医療費には税金が投入されており、国民医療費を賄う財源では、保険料が約50%、税金が約40%、患者負担が約10%です。さらに国民医療費は国民所得の10%を越えていて、さらに増加傾向にあります。この状態のままTPPに参入すれば利益が出るのは難しいと考えられており、そのため、公的医療制度にTPPで介入される可能性は低いと考えられます。公的医療制度は社会制度の根幹なので、これを企業が変えることは難しいと言えるからです。また、政府も公的医療制度はTPPの対象としないという方針です。その一方で、TPPに参入するならば利益の出る形になりますので、高所得者用の高額な保険料で手厚い保険、低所得者用の保険料を抑えて、その分、給付制限や上限を行なうなどの問題が生じる可能性があります。つまり、公的医療保険での格差が生じる可能性が懸念されているのです。それでは、政府は独自システムを盾に、的医療制度をTPP対象にすることを拒否できるかと言うと、その場合はISD条項を盾に、独自システムは関税と同じで、他国の企業から進出機会を逸したとして損害賠償を請求される可能性もないわけではありません。ちなみにISD条項(Investor State Dispute Settlement)とは、企業への干渉を防ぐために主に自由貿易協定(FTA)を結んだ国同士において多国間における企業と政府との賠償を求める紛争の方法を定めた条項で、要するに、企業に損害が発生した時、企業が政府に対して損害賠償を請求することができるとする条項です。

TPPと医療問題 さらに混合診療についても問題になります。現在日本では混合診療を原則禁止しています。混合診療とは、ある病気の診療に対して公的医療保険の適用診療と適用外の診療が混在することで、一方、混合診療禁止とは、混在自体を禁止し、もしも両方が混在した場合は公的医療保険の適用診療分も適用とせず、全体を適用外として自費診療にしています。これに対して混合診療を認めると、1人の医療に格差が生じる懸念が指摘されます。分かりやすく言えば、混合診療を認めた場合、「お金を払うほどよりよい医療が受けられる」という可能性が指摘されているのです。既に病院の個室利用などで実感することがあると思いますが、お金があって高額な個室料を払えばホテル並みの病室に入院できるわけです。TPPでは混合診療が解禁になると予想されており、そうなると、現在あるような差額ベッド代金による差別が診療内でも行なわれるようになる危険性が高いと心配する人が多くいるのです。
TPPで起こりえる医薬品及び医療機械の自由化

 それでは、医薬品や医療機械の自由化によって起こりえることは何でしょうか? メリットは海外承認されている医薬品や医療器具が安く輸入されることであり、デメリットは医薬品及び医療器具の安全性が確保できるかどうかが不明なことです。たとえば医療器具は多くは開発コストがかかるため、海外の医療器具を承認しているのが現状で、海外で一定の安全性があると判断されている医療器具を承認していることが多いです。TTPに参加すれば、医療器具の価格が下がったり、医薬品の値段も下がったりして、国民医療費の上昇を抑制できる可能性はあります。その一方で問題になるのは安全性の問題です。世界で承認されている医療器具について日本独自の判断で承認をしなかった場合、関税と同じということで、ISD条項を盾に、やはり企業から国が訴えられる可能性があります。海外で安全だからと言っても、日本人にとって安全であるかどうかを判断することは大切ですから、当然独自の安全基準は必要になります。
国民皆保険はどうなる?〜TPPは医療保険制度にも関係する〜

 TPPに加盟すれば、関税は原則ゼロになり、海外でも自由に企業が活動できるようになります。医療分野で言えば、医薬品や医療機器の輸入・輸出の自由化です。現時点では、日本は医薬品と医療器具は輸入の方が多くなっています。サービスの点で言えば医療保険が問題になります。TPPに加盟した場合、加盟諸国の医療制度の影響を少なからず受けることが考えられます。まずは他の環太平洋の国々の医療制度を見てみましょう。


参考:TPPに関連する国々の医療制度
  • アメリカ:
     医療保障は民間保険が中心で、国民の約6割は雇用主が任意で提供する民間医療保険、約1割は個人で医療保険に加入しています。障害者や高齢者は公的医療保険メディケアに加入し、メディケアは連邦政府が社会保障税で運営しています。2007年の時点で無保険者が約15%も存在します。また、低所得者の公的医療保険はメディケイドと言い、これも連邦政府で運営されています。さらに民間医療保険になると、年間保険料は自己支払いがあり、診療時にも自己負担があります。高額の場合は越えた部分で全て自己負担になります。さらに既往歴によっては医療保険に入れないこともあります。つまり、日本の民間医療保険みたいなものです。

  • カナダ:
     国民医療保険制度をメディケアと言い、州などが保険者で医療保険税など州税財源で運営しています。メディケアは急性期の入院費用と医師の診察費をほぼ全額補償しますが、歯科や薬剤費などは対象外のため、実際は自己負担は約3割です。また、専門医や病院の診療を受けるためにはかかりつけ医の紹介が必要です。

  • オーストラリア:
     国営医療制度であるメディケアは医療目的税を主財源とし、民間保険の併用を推奨しており、開業医を主治医に登録する義務があります。一般診療所の外来患者と主治医の紹介で専門医や公立病院を受診する場合は、その医療費はメディケアが支払いますが、公立病院の医師を指名できません。公立病院を直接受診すると医師の指名ができますが、民間病院に受診するのと同じで、いったん全額を支払い、事後請求で、診療費の入院なら75%、外来なら85%が返ってきます。

  • 韓国:
     国民皆保険制で、保険者は国民健康保険公団です。国民健康保険公団の補償は、入院8割、外来は5〜7割で、自己負担の比率が高いです。保険対象外の高度診療も多いため、補完的な民間医療保険が普及しています。混合診療もOKです。患者紹介制度で、高度医療機関への紹介なしの受診は保険適用外で自費になります。

  • シンガポール:
     国からの医療制度はなく、外来は殆どが実費です。国民は給料の何割かを国の管理下にある個人の口座に積み立てることが義務づけられるCPF(中央積立基金)という強制積立貯金制度です。そこから医療費を出したり、余り使わなければ将来の年金になります。完全に個人主義です。


■TPP締結後、日本の保険制度で起こりえること
 TPP締結後、日本の保険制度で起こりえることをパターン別にまとめてみました。
現状維持
 各国の事情があるため、制度は除外項目になるという考え方。その場合、制度は現状維持となりますが、現制度は医療費の上昇に耐えうるものではなくなっています。TPP締結による影響を受けなかったとしても、今後の医療制度改革を自ら行なってゆく必要があります。
完全自由化
 TPP締結によって民間医療保険が参入してくると予想されます。その場合、民間医療保険会社は利益を出さないと経営を維持できないので、参入する世代・職種などを限定してくる可能性があります。確実に保険料を支払って給付が少ない世代・職種です。そして、低所得層や高齢者については公的医療保険で補うことになります。今の民間の医療保険と同じですから、既往歴で医療保険への加入を拒否されたり、給付を限定してくる可能性があり、医療格差が起こる懸念があります。医療保険に加入できない人へのセーフティネットを国が作る必要がありますが、何れにせよ保険加入できない人が生じる点では国民皆保険は維持できなくなります。
一部自由化
 これはもっともありうるシナリオで、TPP締結によって公的医療保険と民間医療保険の併存が起きるというケースです。公的医療保険ではある一定の割合または病気によって給付が決まっており、それ以上は民間医療保険で補う形になると考えられます。公的医療保険と民間医療保険との割合によっては医療格差が生じる可能性があり、たとえば薬の費用は民間医療保険にすれば、民間医療保険料の支払いができない人は薬なしか自費になる可能性があります。同じ病気でも経済的理由で受けられる治療に格差が生じることになります。また、公的医療保険はそのままで、さらに先進医療に対して民間医療保険を使う場合は混合診療の解禁になります。ただし、先進医療には高額医療費がかかりますから、支払いが多くなると予想されます。たとえば癌治療で粒子線治療を受ける場合、自費では約300万円かかります。混合診療原則禁止の現状では、粒子線治療を行なう場合、今の公的医療保険で適用される癌の検査や化学療法、外科療法は自費になってしまいます。それを例外的に粒子線治療が先進医療として認められると、公的医療保険で適用される癌の検査や化学療法、外科療法は公的医療保険の適用になります。混合診療が可能なのは先進医療と認められた場合のみで、先進医療と認められない場合、全て公的医療保険適用外になってしまいます。混合診療可能になれば民間医療保険が公的医療保険適応以外をカバーすることになるのですが、当然そこには格差が生じます。300万円の治療が可能なら保険料は高いでしょうし、数万円の治療までなら保険料は安いでしょう。当然年齢によって保険料も変わってくるでしょう。今の生命保険、癌保険などをイメージするとよいと思います。

混合診療解禁で医療費はどうなる?


混合診療解禁で医療費はどうなる?
 TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)に参加表明している12カ国は年内にも協定案に大筋合意すると言われており、その交渉分野は工業、農業、医療、金融、知的財産など多岐に渡りますが、交渉は秘密裡に行なわれ、様々な憶測を呼んでいます。医療分野で取り沙汰されていることの一つが、アメリカの要望で「混合診療が全面解禁」になるというものです。もしもこれを契機に混合診療が全面解禁されると医療費はどうなるか。現在病院や診療所で受ける治療や医薬品の殆どに健康保険が適用されており、これらは保険診療と呼ばれ、国が有効性と安全性を確認しています。この精度のお陰で、国民は医療費の一部負担だけで必要な医療を受けられるのです。これに対して健康保険の適用を受けていないものは自由診療と言われます。自由診療の中には、将来的に健康保険の適用を受けられる可能性の高いものもあれば、医療として怪しげなものまで玉石混交で、当然健康保険は使えないので、かかった医療費は全額自己負担になります。日本ではこの保険診療と自由診療を同時に使う混合診療を原則的に禁止しており、これを破ると、通常なら保険が使える治療も全額自己負担しなければならなくなります。そうは言っても、他に有効な治療法が見つからない癌の患者などには、健康保険が適用されていなくても新しい治療を試したい人もいるわけで、そうした患者の選択肢を増やす目的で先進医療が導入されています。先進医療とは、保険適用前の自由診療でも厚生労働大臣が認めた医薬品や技術については、特定の医療機関において保険診療との併用を特別に認めるというものです。先進医療の技術料部分は健康保険が適用されないので全額自己負担ですが、同時に受けた保険診療は通常の一部負担金で利用できます。このように、既に混合診療は部分的に利用できるようになっているのです。ただし、現行の先進医療とTPPで導入の可能性のある混合診療の全面解禁は、保険診療と保険外診療を併用できる点は似ているのですが、両者は全く異質のものです。

保険外診療は永久に全額自己負担!?
 先進医療は、将来的に健康保険を適用するかどうかを評価している段階の治療や医薬品で、安全性と有効性が確認されると保険診療になるものです。保険外の治療費を全額自己負担するのは健康保険が適用されるまでの経過措置的なもので、効果が認められれば誰もが少ない負担で新しい治療や薬を利用できるようになります。しかしながら、混合診療が全面解禁されると「健康保険が利く治療はここまで」と予め線引きされ、新しく効果的な薬が開発されても健康保険は適用されない可能性が高くなるのです。子の場合、保険外診療は永久に全額自己負担しなければならないので、お金のある人しか医療の進歩を享受できなくなってしまうのです。たとえば保険診療と保険外診療がそれぞれ100万円ずつかかる場合で、将来的な患者の自己負担額の推移を比較してみましょう(保険診療は高額療養費の対象になるので、手続きすれば自己負担額は9万円程度。70歳未満で一般的な収入の人の場合)。現行の制度では、保険外診療が先進医療と認められるまでは全て自費で合計200万円かかりますだが、その治療法がが先進医療と認められると、保険診療部分は健康保険が使えるようになるので、合計109万円になります。そして最終的にその治療法に健康保険が適用されれば合計9万円の負担になるわけです。その一方で混合診療が全面解禁されると、保険診療と保険外診療はいつでも併用できるので、最初から患者の負担は109万円でよいのですが、しかし、保険外診療の治療法には永久的に健康保険は適用されず、負担が下がることはないということになります。このように、混合診療の全面解禁は一時的には自己負担を下げるものの、長期的には患者の不利益になる可能性があるわけです。


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【4】TPPと農〜TPPで食の安全は果たして守られるか?〜

 TPPの導入で農や食の安全は果たして確保されるのか。本節では食の安全を中心にその問題点を取り上げ解説しました。
TPPと食の安全〜日本がTPPに加入すれば一体どのような事態が生じるのか?〜
懸念されるTPPと食の安全性

 昨年10月のインドネシアのバリ島におけるTPP首脳会合と同年12月のシンガポールにおける閣僚会合に引き続いて、今年の2月に開催されたシンガポールにおけるTPPの閣僚会合が、結局大筋合意をすることなく終了、共同声明では次回会合の見通しさえ言及されませんでした。翌日の各紙の1面見出しは、「TPP暗礁」(東京新聞)、「TPP長期化必至」(読売新聞)、「日米、TPP平行線」(朝日新聞)、「TPP針路見えず」(毎日新聞)と、一様にTPP交渉が行き詰まっていることを表現しました。
 TPPは農林水産業だけではなく食の安全にも脅威を与えるものであり、多くの国民の議論が必要なものであるのですが、その秘密主義のため、その内容の殆どが国民に知らされておりません。その脅威とは、輸入関税がゼロになることによる輸入食料の急増と非関税障壁の撤廃がもたらすものです。
輸入食品の急増がもたらす食品検疫体制の機能低下

 TPPでゼロ関税となると、米をはじめとして多くの農産物が輸入農産物に置き換わり、国内生産が減少します。農林水産省の試算で明らかになった生産減少率は、米が90%、小麦99%、大麦79%、インゲン23%、小豆71%、落花生40%、甘味資源作物100%、澱粉原料作物100%、蒟蒻芋90%、茶25%、加工用トマト100%、柑橘類9%、林檎9%、パイナップル80%、牛乳乳製品56%、牛肉75%、豚肉70%、鶏肉20%、鶏卵17.5%となっています。需要が変わらなければ、この生産減少分は輸入に置き換わることになります。この試算に基づいて生産減少で置き換わる農産物の輸入量を計算すると、1628万2000トンになります。2011年の食品輸入量が3340万7000トンですから、TPP加入で食品の輸入量は4968万9000トンに急増し、現在の輸入量の1.48倍になるのです。これによって輸入食品の検査体制はどうなるでしょうか。
 現在、輸入食品の検査は399人の食品衛生監視員によって担われています。この食品衛生監視員による検査は行政検査と言われていますが、検査率は、2011年は僅か2.8%でした。また、行政検査はモニタリング検査で、検査結果が出るまで輸入を認めない検疫検査ではなく、検査結果が出るのは私たちの食卓に輸入食品が届いてしまった後になります。11年は民間の検査機関(登録検査機関)による検査が8.6%を占めているため、全体の検査率は11.1%になりました。それでも検査率は1割強で、約9割弱の輸入食品は無検査で輸入されていることになります。このような現在の検査体制下で、TPP加入による食品の輸入量が1.48倍になれば、全体の検査率は7.5%に落ち込み、行政検査率は1.89%と過去最低の検査率に落ち込むことになります。とても国民の食の安全を守れるような検査率ではありません。日本のような世界一の食料輸入大国では本来、食の安全の確保のためには水際の輸入食品の検査体制の強化が不可欠です。少なくとも輸入食品の検査率を5割に上げると共に、食品衛生監視員による行政検査を、「輸入食品の検査結果が出た時点で既に食卓の上」というモニタリング検査ではなく、「検査結果が出るまでは輸入を認めない」という本来の検疫検査にする必要があります。このためには、食品衛生監視員を現在の399人から約3000人体制に抜本強化しなければ対応できません。しかし、政府はこのような強化の方向性は持っていません。
危機に直面する残留農薬問題-ポストハーベスト農薬が増加

 11年2月に外務省は「TPP交渉の24作業部会において議論されている個別分野」を公表しましたが、その冒頭に《今後の交渉次第で複数の作業部会の成果が一つの章に統合され、または、「分野横断的事項」作業部会のように作業部会の成果が複数の章に盛り込まれる可能性もある》といった記述があります。ここでは「分野横断的事項」がクローズアップされていますが、同事項で検討されているのは食の安全基準であり、外務省発表文には、《同一物品に対して適用される基準(例えば食品安全基準)が国によって異なったり、重複する規制が国内規制当局によって適用されたりすることから生じる企業負担を減らすために、今後新たな規制を導入する前に当事国の規制当局同士の対話や協力を確保するメカニズムの構築を目指す》と書かれています。これは、「TPPで企業負担を減らすために食品安全基準の規制緩和を進めよう」というもので、「特に輸出国の残留農薬基準を輸入国に適用させよう」という狙いが明らかです。ここで注目されるのが米国通商代表部の「2010年外国貿易障壁報告書」です。この報告書は、《米国の貿易に対する重大な障壁となるこれら特定の種類の措置及び慣行を確認し、撤廃しようとする本政権の努力を明示している》文書ですが、米国政府として、自国にとって「重大な障壁となる措置」を貿易相手国に撤廃させようとしているものであるのです。この報告書では、《日本は、ポストハーベスト(収穫後)に使用される防カビ剤を食品添加物として分類し、これに対して完全に独立したリスク評価を受けるよう要求している。(略)さらに、日本の食品表示法は、ポストハーベスト防カビ剤を含むすべての食品添加物の販売の小売時点における告知を要求している。(略)このような要求事項は、日本の消費者が米国産品を購入することを不必要に妨げている》として、ポストハーベスト防カビ剤の食品添加物扱いをやめるよう要求しています。さらに農薬の最大残留基準値についても、《日本がコーデックスの国際基準に合致した基準値の実施措置を導入するよう、米国は日本に対して強く求め続ける》としています(コーデックスとはFAO(国際連合食糧農業機関)・WHO(世界保健機関)の世界食品規格を策定する国際機関で、WTO協定で国際基準と位置付けられています)。なお、ポストハーベスト防カビ剤は柑橘類に使われているOPPとTBZ、OPPナトリウム、ジフェニール、さらに柑橘類とバナナに使われているイマザリルの5品目で、これらが食品添加物から外され残留農薬扱いになれば食品添加物表示から外れることになり、輸入柑橘類やバナナにおけるポストハーベスト防カビ剤の存在が分からなくなります。また、残留農薬として使用量が増える可能性があるのに加えて、農薬の最大残留基準値についてコーデックスの国際基準に合致した基準値を導入したらどうなるでしょうか。ちなみにコーデックスの残留農薬基準は、ポストハーベスト農薬の使用を前提としたもので、収穫後の農薬使用ですから、農薬残留水準は高いです。このコーデックス残留農薬基準が全ての農産物に導入されれば、ポストハーベスト農薬を幾ら使っても何の問題もなくなるわけです。TPPに加入すれば、このような米国政府が要求している食品安全基準の緩和やポストハーベスト農薬の使用規制緩和が、TPPによる企業負担を減らすメカニズムによって否応なく迫られることになるのです。
非関税障壁の撤廃で食品添加物の急増が不可避となる

 TTPは食品安全基準のような非関税障壁による企業負担を減らす規制緩和メカニズムを導入しようとしていますが、実はTPPを主導している米国政府は食品添加物問題でも日本に対して身勝手な要求をしているのです。
 米国通商代表部の「2010年外国貿易障壁報告書」によると、《日本の食品添加物の規制は、いくつもの米国食品、特に加工食品の輸入を制限している。米国及び世界中で広く使用されている数多くの添加物が、古い代替品よりは安全と考えられている新しい添加物を含め、日本では認可されていない。(略)2002年、日本は迅速な審査に関する46品目の食品添加物のリストを作成したが、25品目の添加物は、安全に関する広範囲にわたるデータが利用可能であるにもかかわらず、未だ審査及び認可がなされていない。米国政府は、食品添加物のリストの審査を完了して、食品添加物に関する審査のプロセスを迅速にするよう、日米規制改革イニシアティブを通じて日本に強く要請している》とあります。米国で認められている食品添加物で日本で認められていない食品添加物を使った加工食品は、食品衛生法違反として現在日本への輸入は認められていません。そのため、米国政府は日本政府に対して米国で使われていて日本で使用が認められていない食品添加物の審査・認可を一刻も早くするように躍起になっているのです。それでは米国で使われている食品添加物はどれくらいあるのでしょうか。米国では約3000品目の食品添加物が使用を認められているとされています。それに対して日本は指定添加物で413品目、既存添加物で419品目と米国と比べても2000品目以上も少ない状況です。この差を一気に縮めたいのが米国政府の立場なのです。
TPA法案〜遺伝子組み換え表示の撤廃が交渉目的〜

 遺伝子組み換え表示が守られるかどうかは消費者の関心事項です。昨年も米国オレゴン州で安全性の確認されていない未承認の遺伝子組み換えの小麦が作付け地帯で自生していたということで大問題になり、これを受けて日本もアメリカ産小麦の入札売り渡しをストップしました。安全性の確認されていない遺伝子組み換え小麦が日本でも流通しかねない事態でした。それだけに日本の消費者は遺伝子組み換え表示がTPP交渉で非関税障壁として撤廃されるのではないかと不安に思っていました。これに対し日本政府は、TPP交渉でも日米二国間でも、遺伝子組み換え表示の撤廃問題は議題になっていないと説明してきました。しかしながら、これは事実と異なります。米国のTPA大統領貿易促進権限法案は、大統領にTPP貿易交渉権を与える代わりにTPP貿易交渉の目的を詳細に記載し、それを大統領に実行させることを求めていますが、この法案を見れば米国政府がTPPで何を実現させようとしているかが明らかになります。内容は広範囲に渡りって物品の貿易やサービス貿易、農産物貿易、外国投資、知的財産、国有企業及び国家管理企業、労働及び環境、通貨などです。そして、この中に《合衆国を不利にするような諸手法を撤廃させる》として、《バイオテクノロジーを含む新科学技術に影響を与えるような、表示といった不当な貿易諸制限ないし商業上の諸義務》を撤廃することが明記されているのでう。要するに米国政府のTPP交渉目的に遺伝子組み換え表示の撤廃が明記されているで、それが米国政府の交渉目的であり、日本政府にそれを求めないということはあり得ないわけです。
48時間通関の義務化で検疫の規制緩和

 従来TPPはニュージーランドとシンガポール、チリ、ブルネイの4カ国で開始された協定で、この4カ国のTPP協定(P4協定)が、米国政府が現在進めている12カ国によるTPPの有力な叩き台の一つになっています。そこに盛り込まれている協定内容がほぼTPP協定に盛り込まれると見られています。そして、このP4協定では通関手続きが独立の章として取り扱われ、ペーパーレス貿易、至急貨物通関などと共に、加盟国は貨物が到着後48時間以内に通関させることを義務づけているのです。このような規定を定めているFTA(自由貿易協定)は、日本が現在締結しているFTAにはありません。従って日本がTPPに加入すれば、48時間以内通関が義務付けられることになるわけですが、これで一体どのような事態が生じるのでしょうのか。

 09年の財務省調査によると、日本における一般貨物(海上貨物)の輸入手続き平均所要時間は62.4時間となっています。これだけでも48時間には大分隔たりがありますが、中でも他法令該当貨物すなわち動植物検疫や食品検疫の対象となる貨物についてみると、48時間の倍近い同92.5時間となっています。なぜこのような時間になるかと言うと、畜産物では動物検疫の検査対象になり、農産物では植物検疫の対象になり、食品では食品検疫の対象になるため、その届け出や検査に時間がかかるからです。それが48時間以内通関になると、輸入手続きはどうなるでしょうか。
 それに対して財務省は、予備審査制と特例輸入申告制度(AEO制度)で時間短縮をするとしています。予備審査制とは、貨物が日本に到着する前に予め税関に予備的な申告を行ない、税関の審査を受けておくことができる制度で、AEO制度とは、貨物のセキュリティ管理と法令遵守の体制が整備された貿易関連業者を税関が認定し、迅速で簡素な通関手続きを提供する制度です。要するこれは、AEO認定業者が輸入申告した場合は税関による現物確認検査等はなしで書類審査だけで通関されるということです。AEO貨物の通関所要時間は僅か0.1時間とされており、現物確認なしで通関するため時間が短縮されるのは当然です。しかし、これは極めて危険な規制緩和と言わざるをえません。米国は輸入されるコンテナ貨物は100%検査をしていますが、それはテロの脅威を防ぐためです。日本がテロの脅威の例外となる根拠はありません。さらに麻薬等の薬物の密輸も横行している中で、このような規制緩和は日本のリスクを高めるものでしかありません。さらに問題なのは、税関の手続き時間を短縮しても、他法令該当貨物すなわち動植物検疫や食品検疫の時間がどうしてもかかるため、その短縮がなければ48時間をクリアできないことです。ここで出てくるのが動植物検疫や食品検疫の規制緩和です。ちなみに、09年7月に日本政府は「日米間の『規制改革および競争政策イニシアティブ』に関する日米両首脳への第8回報告書」で、米国政府に対して《厚生労働省は、関係業界の意見も踏まえ、検疫所における輸入手続きがより効率的に行えるよう引き続きつとめる》ことを約束しています。現に厚生労働省は、米国政府に対して残留農薬検査で残留農薬基準違反があっても、米国の残留農薬基準が日本と同等の基準の場合は業界全体の輸入を差し止めないと約束をしているのです。以上見てきたように、TPP加入は日本の農林水産業と食の安全を大きく脅かす可能性を孕んでいると言わざるをえないのです。
TPPで農業強化は夢物語
TPPと農業
 TPPに参加して農業製品を輸出すればよいという人もかなり存在するのは事実ですが、たとえば米国の米に対する関税は籾付きの場合で1kg当たりたった約1.7円です。もしも日本の米が売れるならとっくに売れています。従ってTPP参加で農業強化というのは夢物語で、高関税率で守られてきた分野は開放されると大打撃を受けること必至です。

 これは木材の貿易自由化で日本が既に経験していることで、木材の関税がどんどん下げられた影響で安い輸入木材に押されて国産材の価格も引き下げざるをえなくなり、切り出すコストも出なくなった人工林は放置され、山が荒れる結果になっているのはよく知られている通りです。農業も競争力の弱い製品は同じ道をたどること必至です。生き残るのは効率化と大規模化に成功したごく一部でしかなく、多くの農家は廃業を選ぶことになりかねせん。森林の荒廃によりCO2吸収量が減少したり、保水力が落ちて洪水が起きやすくなったりといった環境面及び防災面での悪影響が出ていますが、田畑もCO2の固定や保水の高い機能を持っていますから、農家が減少すればこれと同様の悪影響が懸念されます。農業を活性化する方法はもちろんあるに違いありませんが、それは少なくともTPPではありません。
参考:TPPに関する参考書

◆参考図書
中野剛志『TPP亡国論』集英社新書
中野剛志・著
『TPP亡国論』
集英社新書0584、集英社・2011年03月刊、760円
平成の開国と喧伝されるTPPの実態は日本の市場を米国に差し出すだけのもの。デフレの深刻化を招き日本経済の根幹を揺るがしかねないのだ。冷静に経済的国益を考え、安易な賛成論を論破する。
二木立『TPPと医療の産業化』勁草書房
二木立・著
『TPPと医療の産業化』
勁草書房・2012年05月刊、2,500円
混合診療は解禁される?医薬品・医療機器の価格規制は廃止される?公的保険外医療サービスに経済成長効果はあるのか?TPP参加が日本の公的医療保険制度、医薬品産業、患者・保険財政に与える影響を詳細に検討。医療政策の動向を最新の資料を用いて複眼的に分析・予測する。
本間正義『農業問題―TPP後、農政はこう変わる―』ちくま新書
本間正義・著
『農業問題―TPP後、農政はこう変わる―』
ちくま新書1054、筑摩書房・2014年01月刊、780円
TPP参加後、日本の農業はどうなるのか。改革の機運が高まり、戦後長らく続いた農業の仕組みが、いま大きく変わろうとしている。だが、減反廃止、補助金の削減、法人の農地取得、農協の機能不全、農地の転用と集積の問題など、改革に立ちはだかる問題は山積している。本書では、農業政策の第一人者がTPP後を見据え、コメ、農地、農協にまつわる問題を丁寧に解きほぐす。日本農業が生き残るためには何をすればいいのか、進むべき針路を明快に描く。
浅川芳裕『TPPで日本は世界一の農業大国になる』KKベストセラーズ
浅川芳裕・著
『TPPで日本は世界一の農業大国になる ついに始まる大躍進の時代』
KKベストセラーズ・2012年03月刊、1,500円
TPPで日本の農業は果たして壊滅するのか?農業生産額世界5位、食産業3位の「農業大国」ニッポンはTPPを機に、「大躍進の時代」を迎える。中国・アメリカという世界二大農業大国を越えるための「最強のシナリオ」。



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