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 ついに今年の5月から国民が裁判に参加する裁判員制度が始ります。司法改革の大きな試みですが、今月は始まる前から国民の不安や批判も多いこの裁判員制度について、裁判員制度とは一体どのような司法制度なのか、裁判員の権限と義務はどうなっているのかなどにつき詳しく解説しました。併せてこの制度に対して一体どのような点が疑問視され問題にされているのかも詳しく取り上げました。
裁判員制度のマスコット:サイバンインコ

裁判員制度
【1】ついに実施!裁判員制度〜裁判員制度の実施とその背景〜
【2】裁判員制度とはどのような制度か?〜裁判員裁判の実際とその運用〜
【3】裁判員制度というポピュリズム〜裁判員制度への疑問と問題点〜


【1】ついに実施!裁判員制度〜裁判員制度の実施とその背景〜

 今年の5月よりついに裁判員制度が実施される運びとなりました。
 本項は、裁判員制度とその意義について、また、裁判員制度が導入されるに到った背景などについて取り上げ解説しました。
ついに始る裁判員制度〜裁判員は67人に1人は体験する確率!?〜

 裁判員制度の実施日がついに5月21日と迫って来ました。そして、7月下旬から市民である裁判員を交えた裁判員制度に基づく最初の公判が始る見通しになっています。
 裁判員候補者には既に昨年の年末辺りから裁判所からの通知及び調査票が送付され始めましたが、後述する通り、これで今年裁判員になるべき候補者は既に選ばれたことになります。皆さんもいつ裁判員を拝命するか気になるところだと思いますが、聞くところによると、選挙権を有する国民のうち67人に1人は裁判員を体験する確率だろうと言われています。
裁判員制度とは? 


これまでの刑事裁判:
裁判官3人
裁判員制度が導入されると:
裁判官3人+裁判員6人


 裁判員制度とは、一定の刑事裁判において国民から事件毎に選ばれた裁判員が専門家である裁判官と共に審理に参加する日本における司法・裁判制度を言います。すなわち裁判員制度とは、重大な犯罪で起訴された刑事事件を、国民(=選挙権を持つ市民)の中から選ばれた裁判員と専門の裁判官が対等に議論し、被告人が有罪か無罪か、また、有罪の場合はどのような刑罰を課するのか(量刑)を決めていくものです。そして有罪・無罪の判断については、被告人が犯罪を行なったことについて「合理的な疑問を残さない程度の証明」が為されたかどうかが基準となります。なお、ここで「合理的な疑問」とは、裁判員一人ひとりの良識において少しでも疑問が残る場合は「無罪」、疑問の余地はないと確信した場合は「有罪」と判断することとなります。なお、国民が裁判に参加する制度は、アメリカやイギリス、フランス、ドイツ、イタリアなど世界の国々で広く行なわれています。


◆参考1:裁判員制度の対象となる事件
 裁判員裁判の対象となる事件は一定の重大な犯罪であり(※交通違反や万引きなどといった一般に軽微な事件は含まれません)、その代表的な例を挙げると次のようなものがあります。
  • 人を殺した場合(=殺人)
  • 強盗が人に怪我をさせ、或は死亡させた場合(=強盗致死傷)
  • 人に怪我をさせ、その結果死亡させた場合(=傷害致死)
  • ひどく酒に酔った状態で自動車を運転して人を轢き、死亡させた場合(=危険運転致死)
  • 人が住んでいる家に放火した場合(=現住建造物等放火)
  • 身の代金を取る目的で人を誘拐した場合(=身の代金目的誘拐)
  • 子どもに食事を与えずに放置して死亡させた場合(=保護責任者遺棄致死)


◆参考2:裁判員制度のシンボルマークとその意味
裁判員制度のシンボルマーク ●かたち:
 2つの円は裁判官と裁判員を表わしています。2つの円が交わることで、両者が協力し合う姿勢を表わしています。そして、さらにその形は∞(無限大)を表現しています。すなわち、法律を熟知した専門家である裁判官と一般市民の代表である裁判員とが協力し合うことで生じる効果が無限大であることを表わしています。

●いろ:
 親しみやすいパステル調の色合いをベースに、赤みがかかった部分は「活発さと情熱」を表現し、青みがかった部分は「冷静な判断」を表現しています。どちらの色が裁判官か裁判員かという区別は特にしていません。

●イメージ:
 裁判員のローマ字表記の頭文字Sも表現しています。

陪審員制との違い〜いわゆるアメリカの「陪審制」とはちょっと違う〜

 海外では多くの国が国民の参加する裁判制度を取り入れています。たとえば「陪審員制」とか「参審員制」といったものがそれです。


 現在米国を始めとする国々で行なわれている「陪審員制度」は、選挙人名簿などから無作為に選ばれた18歳以上(※年齢の制限が違う国もあります)の12人で構成され、裁判官から独立して原則全員一致(※一部では多数決)で有罪か無罪を決め、それを受けて裁判官が量刑を決めるシステムです。一方の「参審員制」は、国によって選ばれ方や年齢制限、人数に違いはありますが、基本的には裁判官と同等の権利を持ち、合議によって罪責と量刑を決めてゆくシステムです。

 これから日本で導入される「裁判員制度」はいわゆる「参審制」で、有罪か無罪だけでなく、刑罰(量刑)まで裁判員がプロの裁判官と協議して決めてゆくシステムです。また、この日本の裁判員制度でも原則として裁判員と裁判官は対等な権限を持っています。


参考:陪審員制度はかつて日本でも行なわれていた!? 
 実は日本でもかつて陪審員制度が行なわれていたことがあって、それは、大正デモクラシーを背景に、これまで行なわれていた一部の特権階級の人たちだけが政治を行なうことから、市民が参政して自由主義や民主主義が叫ばれていた時代のことです。当時の陪審員は納税額が一定以上の男子の中から選ばれ、裁判官は陪審員の出した結論には拘束されずに審理を行なっていました。導入から15年余で制度が定着しなかった、戦争が激化する中で制度を維持することが難しくなったなどの理由で残念ながら停止の状態となってしまいました。当時の陪審員制度は被告人が陪審員による裁判か裁判官のみに夜裁判かのどらかを選ぶことができ、陪審員制度が定着しなかったということは、結果的に裁判官による裁判を被告人が選ぶ数が多くなって廃れたという側面もあると言われています。なお、陪審員による裁判での有罪率は裁判官による裁判に比べて遙かに低かったそうです。

裁判員制度導入の理由

 裁判と聞くと、今まで一般の人には無関係なことのように感じがちでした。しかし、現在では犯罪も欧米並みに凶悪化、低年齢化し、件数にも右肩上がりに増えています。こういった現状の中、これまで行なわれてきた裁判は、裁判官・検察官・弁護人といった法律の専門家のみによって丁寧かつ慎重に検討が行なわれてきましたが、しかしその結果、法律に照らし合わせ、専門性を重視するの余り、審理に長期間を要し、判決の内容などが理解しにくいものであったことで、国民にとっては近寄りがたい印象を与えてきたのも事実です。

 裁判員制度とは、このように市民感覚から遊離してしまった裁判制度に私やあなたといった市民の感覚を反映させることで、その中で国民一人ひとりが司法への信頼や理解を深め、分かり安い裁判を実現してゆくために提案された制度です。要するに市民が裁判に参加することで、それぞれの市民の視点や感覚が裁判の内容に反映されることになるわけで、その結果、裁判が身近になり、市民の司法に対する理解と信頼が深まることが期待されています。そして、市民が自分を取り巻く社会について考えることにつながり、よりよい社会への第一歩となることが期待されています。
参考1:裁判員制度に関する世論調査

 1年ほど前のニュース記事になりますが、裁判員に選ばれた場合に参加の意思のある人は、それでも60%強はいるとのことです。また、そのうちで「義務だから裁判への参加は仕方がない」とする人は45%弱だったそうです。これら世論調査の結果によると、裁判員制度に対して批判や、また、人を裁くことに対する嫌悪感などを表明する人は多く見られるものの、裁判員に選ばれた場合は忌避せずに裁判に参加する意思を持った人たちがそれなりに多くいることを示していると言ってよいでしょう。
 これまた1年前のデータですが、YAHOO!ニュースがWEB上で行なった「裁判員の参加で量刑の傾向がどうなるか」の予想を尋ねた意識調査によると、「裁判員参加で量刑は却って重くなる」と答えた人が63%になったと言います。当アンケートページの「ひと言メモ」には、《「報道と感情で判断すれば刑は重くなり、冤罪(えんざい)は増える」といったコメントが寄せられ、裁判員の参加で量刑が現在より重くなるとみる人が63%となっています。一方で、「人の人生がかかっていることを考えると、厳罰を求めるのは難しそう」「被告の恨みを買うのを避けるため、軽くなる」と考える人がいました。》と書かれています


参考1: 裁判員制度に関する世論調査 - 内閣府大臣官房政府広報室
http://www8.cao.go.jp/survey/h16/h16-saiban/index.html

(世論調査報告書 平成17年2月調査)

参考2: Yahoo!ニュース - 意識調査 - 裁判員参加で量刑は「重くなる」63%
http://polls.dailynews.yahoo.co.jp/quiz/quizresults.php?poll_id=2064&wv=1&typeFlag=1

(実施期間:08年4月8日〜08年4月20日)


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【2】裁判員制度とはどのような制度か?〜裁判員裁判の実際とその運用〜

 裁判員制度で一般の人が一番気になるところは当然ながら裁判員のことでしょう。
 本項では裁判員に視点を集めて、裁判員の選ばれ方やその仕事内容、また、裁判員裁判の実際などについて以下で取り上げ解説しました。
裁判員の選び方
裁判員はこうして選ばれる

 最初に選挙人名簿を下に「裁判員候補者名簿」を作成します。次に、この候補者名簿の中から1つの事件毎に裁判所における選任手続によって裁判員が選ばれます。

 裁判員の選任までの流れは以下の通りです。


◆(A)前年12月頃
(イ) 裁判員候補者名簿を作成
 選挙権のある人の中から翌年の裁判官候補者となる人を毎年籤で選び、裁判所毎に裁判員候補者名簿を作ります。
(ロ) 候補者へ通知・調査票の送付
 なお、調査票を活用し、明らかに裁判員になることの出来ない人や、1年を通じた辞退理由が認められた人は、裁判所にゆかなくてもよい場合があります。

◆(B)6週間前
(イ) 事件毎に籤で裁判員候補者が選ばれる
 事件毎に(A)-(イ)の名簿の中からその事件の裁判員候補者を選びます。
(ロ) 呼出状・質問票の送付
 なお、質問票を活用し、辞退が認められ、呼び出しを取り消された人は裁判所にゆく必要はありません。

◆(C)裁判員選任手続き期日
(イ) 裁判所で候補者の中から裁判員を選ぶための手続きが行なわれる
 辞退希望がある場合の理由などについて、裁判長から質問されます。
(ロ) 裁判員が選ばれる
 なお、(A)(B)の段階以外でも、裁判員になれない理由のある人や辞退が認められた人は裁判員の候補者から除外されます。また、検察官や弁護人の請求により候補者から除外されることもあります。

調査票や質問票で尋ねられること


■調査票で尋ねられること
  • 就職禁止事由への該当の有無(例:自衛官や警察職員など)
  • 客観的な辞退事由に該当する場合、1年を通じての辞退希望の有無・理由(例:70歳以上、学生または生徒、過去5年以内における裁判員経験者など)
  • 重い疾病または傷害があるために裁判員としての参加が困難な場合、1年を通じての辞退希望の有無・理由
  • 月の大半に渡って裁判員となることが特に困難な特定の月がある場合、その特定の月における辞退希望の有無・理由(例:株主総会の開催月など)
 なお、調査票の記載から特定の月の大半に渡って裁判員になることが出来ない事情(=辞退事由)があると認められた場合、当該特定の月に行なわれる事件については裁判員候補者として裁判所に呼ばれることはありません。

■質問票で尋ねられること
 以下の何れかに当てはまる人について、辞退を希望するかどうかが確認されます。
  • 重い疾病または傷害により裁判所に出頭することが困難
  • 介護または養育が行なわれなければ日常生活を営むのに支障がある同居の親族がいる
  • 仕事における重要な用務があって、自らがこれを処理しなければ著しい損害が生じる恐れがある
  • 他の期日に行なうことが出来ない社会生活上の重要な用務がある
  • 妊娠中または出産の日から8週間を経過していない
  • 同居していない親族または親族以外の同居人を介護・養育する必要がある
  • 親族または同居人が重い病気や怪我の治療を受けるための入院や通院等に付き添う必要がある
  • 妻や娘が出産する場合の入退院への付添い、また出産への立会いの必要がある
  • 住所・居所が裁判所の管轄区域外の遠隔地にあり,裁判所にゆくことが困難である
  • その他、裁判員の職務を行なうことなどによって本人または第3者に身体上及び精神上、また経済上の重大な不利益が生ずる


参考:仕事を理由とする裁判員の辞退について
 裁判員制度は広く国民に参加してもらうことで初めて成り立つ制度であって、当然ながら、法律や政令が定める辞退理由に該当すると認められない限り裁判員になるのを辞退することは出来ません。仕事を理由として辞退が認められるのは、まずはそれが、「その従事する事業における重要な用務であって、自らがこれを処理しなければ当該事業に著しい損害が生じる恐れがある」場合です。具体的ケースにおいて仕事を理由とする辞退が認められるか否かは、裁判員候補者の具体的な事情を質問票や質問手続において確認した上で、たとえば以下に挙げるような観点から総合的に判断されることとなります。

  1. 裁判員として職務に従事する期間(※期間が長いほど仕事への影響が大きい)
  2. 事業所の規模(※事業所の規模が小さいほど仕事への影響が大きい)
  3. 担当職務の代替性(※代替性が低いほど仕事への影響が大きい)
  4. 予定される仕事の日時を変更できる可能性(※裁判員として職務に従事する予定期間に日時変更の困難な業務がある場合には仕事への影響が大きい)
  5. その他、仕事の関係で「自己または第3者に経済上の重大な不利益が生ずると認めるに足りる相当な理由があるような場合に該当する時にも辞退が認められます。

裁判員の仕事と役割


■1: 公判に立ち会う(公開)
 裁判員に選ばれたら、裁判官と一緒に刑事事件の審理(=公判)に立ち会い、判決まで関与することになります。

 公判は出来る限り連続して開かれます。公判では証拠として提出された書類などを取り調べる他、証人や被告人に対する質問が行なわれます。また、裁判員から証人等に質問することも出来ます。

■2: 評議・評決をする(非公開)
 証拠を全て調べたら、今度は、それらの証拠に基づいて事実を認定し、被告人が有罪か無罪か、有罪だとしたらどんな刑にすべきかを量刑まで含めて裁判官と一緒に議論し(=評議)決定する(=評決)ことになります。

 評議を尽くしても意見の全員一致の結論が得られなかった場合は、評決は多数決によって行なわれます。ただし、裁判員だけによる意見では、被告人に不利な判断(すなわち、被告人が有罪か無罪かの評決の場面では有罪の判断)をすることは出来ず、有罪であると判断するためには、裁判官・裁判員のそれぞれ1名以上を含む過半数の賛成が必要になります(これによって有罪とならない場合は全て無罪になります)。また、どんな刑にするべきかを決めるに当たっては、評議に参加した裁判官・裁判員のそれぞれ1名以上の意見を含む過半数の意見になるまで、被告人に最も不利な意見の数を順次利益な意見の数に加えてゆきます。
 なお、有罪か無罪か、有罪の場合どのような刑にするかについての裁判員の意見は裁判官と同じ扱いになります。すなわち、裁判員の意見は裁判官と同じ重みを持っています。

■3: 判決宣告(公開)
 評決内容が決まると、法廷で裁判長が判決の宣告をします。裁判員としての仕事は判決の宣告により終了することになります。

裁判員の権限と義務
裁判員の権限

 有罪判決または無罪判決、もしくは少年事件において保護処分が適当と認める場合の家庭裁判所への移送決定の裁判をするに当たって、事実の認定や法令の適用、刑の量定について、裁判員は裁判官と共に合議体を構成して裁判をする権限を有しています。そして、評決に当たってはその審理を構成する裁判官及び裁判員の両者を含む過半数の賛成を必要とします。


 なお、構成裁判官及び裁判員の両者の過半数を得られない場合は、立証責任(=証明責任または挙証責任とも言い、裁判をするに当たって裁判所または裁判官がある事実の有無について確信を抱けない場合に、その事実の有無を前提とする法律効果の発生ないし不発生が認められることによって被るところの、当事者一方の不利益のこと)を有する者に不利な判断が下されたものとして扱う他はないと考えられています。たとえば裁判官3名と裁判員1名が犯罪は成立する、裁判員5名が犯罪は成立しないと判断した場合、犯罪の成否に関する事実については一部の例外を除いて検察官が立証責任を負うので、この場合、犯罪の証明がないとして無罪として扱うこととなるものと考えられ、英米のように評決不能(hung jury)として裁判をやり直すわけではありません。

 ただし、刑の量定について意見が分かれ、構成裁判官及び裁判員の両者を含む過半数が一致しない時は、その合議体の判断は、構成裁判官及び裁判員の両者の意見を含む合議体の員数の過半数になるまで、被告人にとって最も不利な意見の数を順次利益な意見の数に加え、その中で最も利益な意見によるものとします。なお、法令の解釈に係る判断や訴訟手続に関する判断(※ただし、保護処分が適当な場合への家裁への移送決定をなす場合は除く)、その他裁判員の関与する判断以外の判断は裁判官のみの合議によります。もっとも裁判所は、裁判員の関与する判断以外の判断をするための審理以外の審理についても裁判員及び補充裁判員の立会いを許すことが出来、その評議についても裁判員に傍聴を許し、その判断について裁判員の意見を聴くことができます。
裁判員が負う義務


出廷義務:
 先にも触れたように、裁判員及び補充裁判員は、公判期日や証人尋問・検証が行なわれる公判準備の場に出廷しなければなりません。正当な理由なく出廷しない場合は10万円以下の罰金が課されることもあるので注意が必要です。また、裁判員は評議に出席し、自らの意見を述べなければなりません。なお、これは評議参加者全員の意見が必要なためで、議論が進む中で、気付いた範囲で自由に個人の意見を述べればよいので、それほど心配することはありません。

守秘義務:
 裁判員は、評議の経過やそれぞれの裁判官及び裁判員の意見、また、その多少の数(これを評議の秘密と言います)、その他職務上知り得た秘密を漏らしてはいけないことになっています。そして、この義務は裁判終了後も裁判員が自ら生涯に渡って負うことになります。ただし、公判中に話された傍聴人も知り得る事実については話してもよいとされています。また、裁判員の職務を行なった上での一般的な感想などについては守秘義務には触れることはないので他者に話すことは可能だと考えられています。なお、裁判員が評議の秘密や職務上知り得た秘密を漏らした時は6か月以下の懲役また50万円以下の罰金に処されることもあるので注意が必要です。

参考:裁判員の日当など

 補充裁判員を含む裁判員及び裁判員選任手続の期日に出頭した裁判員候補者に対しては、旅費や日当及、宿泊料が支給されることになっています。

 旅費は、鉄道賃や船賃、路程賃及び航空賃の4種で、それぞれ裁判員の参加する刑事裁判に関する規則に定められた計算方法によって算定されます。日当は、出頭または職務、またそれらのための旅行に必要な日数に応じて支給され、裁判員及び補充裁判員については1日当たり1万円以内、裁判員選任手続の期日に出頭した裁判員候補者については1日当たり8千円円以内において裁判所が定めるものとされています。宿泊料は、出頭などに必要な夜の日数に応じて支給され、1夜当たり8,700円ないし7,800円と定められています。なお、裁判員の精神的負担や経済的損失を考慮すると日当が少ないとの批判も多く聞かれます。
裁判員裁判の流れ
(1)裁判所から裁判員候補者へ呼出状が届く

 裁判員の候補者とは、いわゆる有権者、すなわち衆議院議員の選挙権を持つ人全員で、裁判員になるために特別な資格は必要ありません。従って、日本国籍を持つ20歳以上の方なら誰でも選ばれる可能性があるわけです。もっとも一部の職業的な理由(例:行政機関の幹部職や法曹関係者)や事件の関係者(被告人や被害者の親族など)、その他不公平な裁判をする恐れがあると判断された人は当然ながら裁判員にはなれません。


 まずいわゆる有権者の中から向こう1年間の裁判員候補者を籤で無作為に選び出し、「裁判員候補者名簿」が作成されます。そして、事件毎にその中からさらに籤で無作為に候補者が選ばれます。こうして、裁判所から裁判員候補者へ呼出状が送付され、指定の日時に裁判所に出頭することになります。また、呼出状には質問票が添付されていることもあり、それは返送または裁判所へ持参します。なお、呼出を受けたにも拘わらず、正当な理由がなく裁判所へ出頭しない場合には10万円以下の過料に処される場合があります。
(2)出頭した候補者の中から裁判員が選任される

 いよいよ裁判員の選任が行なわれることになります。選任手続きは、候補者が事件の被害者や被告との間に何らかの関係がないか、不公平な裁判をする恐れはないか、裁判員になることが出来ない事由がないかを裁判官が質問します。理由があって辞退したい場合はその旨を裁判官に申告することになります。裁判官は、裁判員を辞退の出来る事情であるかを判断します。そして、その質問の結果に基づき、検察官や弁護人は、候補者の中から除外されるべき人を指名(※双方共に理由を示さず4人まで)することが出来ます。こうして、これまでの中で除外されなかった候補者の中からその事件の裁判員が選ばれることになります。


 もっとも裁判員候補者として呼出を受けても、様々な事情で辞退を望む人も多いと考えられます。しかし、原則的には裁判員を辞退することは認められません。しかし、裁判員法によって定められた理由に該当する場合は例外として裁判員辞退を申告できます(※なお、単に仕事が忙しいという理由での辞退は認められませんが、その方がいないために事業に対して著しい損害が生じる恐れがある場合は辞退を申し出ることが出来ます)。

 ちなみに、裁判員法では、「国民がより容易に裁判員として裁判に参加することができるようにすることが不可欠であることにかんがみ、そのために必要な環境の整備に努めなければならない」と明記されています。そのため、たとえば身体にハンデキャップを持った方や高齢者への配慮として、裁判所のバリアフリー化や託児所の設置など様々な環境を整えることも検討されています。
(3)裁判員が審理に参加し、実際に証拠を見聞きする

 裁判員に選ばれたら、指定の期日に出頭し、裁判官と一緒に(※裁判官3人、裁判員6人)刑事事件の審理に出席します。公判は出来る限り連日行なわれ、集中した審理となります。

 なお、裁判員として審理に参加するに当たっては、自分の都合のよい日だけということは認められません。裁判官3人・裁判員6人で審理しなくてはならないので、一人でも欠席すると裁判が行なえないのです。(※なお、裁判員に選ばれた後に重い病気や傷害によって裁判に出席することが困難になった場合とか、介護又は養育が行なわれなければ日常生活を営むのに支障がある同居の親族の介護または養育をする必要が生じた場合、従事している仕事について自ら処理しなければ著しい損害が生じる恐れのある重要な用務が生じた場合、父母の葬式への出席などのような社会生活上の重要な用務であって他の期日に行なうことが出来ないものが生じた場合などについては辞退することが出来るので、直ちに裁判所へ相談を行なう必要があります。) 
 また、自分が出席することが出来ないからといって家族などの代理人の出席は認められません。裁判所が裁判員の辞任を認めない限り、裁判員は裁判に出席する義務があるのです。正当な理由がないのに裁判所に出頭しない場合は10万円以下の過料の制裁を受けることがあります。なお、裁判員に選ばれると、法令に従って公平誠実にその職務を行なうことを宣誓する義務を負いますので、正当な理由がなくこの宣誓を拒んだ場合にも10万円以下の過料の制裁を受けることがあります。


 まず第1回目の公判は検察官の起訴状朗読から始まります。起訴状というのは検察官が刑事裁判を求め裁判所に提出する書類のことを言い、それには検察官が裁判の中で証明しようとする事件の要点などが書かれています。その後、検察官と弁護人がそれぞれに調べてきた事件の概要や経緯を裁判員に説明し(=冒頭陳述)、証拠の取調べが行なわれます。なお、検察官や弁護人の説明や証拠調べは専門的な文言などは極力避けて、法律の知識を持たない裁判員にも分かり安い方法で行なわれることとなります。証拠調べでは証人から直接話しを聞くことが中心となると考えられます。また、裁判員から直接証人や被告人に質問することも出来ます。また、事件によっては、その事件に関してテレビや新聞、雑誌などで多くの情報を見聞きすることも多いでしょうが、そのような情報に惑わされることなく、実際の公判で見聞きした事のみに基づいて判断することが大切です。なお、事件の証拠として事件現場や死体の写真を見なくてはならないことも発生すると考えられますが、それも、どのような事実があったのか(無かったのか)を判断する上で必要とされるものであることを理解する必要があります。そして、このようにして証拠調べが終わると、検察官の意見陳述(論告)、次に弁護人の意見陳述(=弁論)が行なわれ、審理の終了となります。
(4)議論して判決の内容を決める(=評議・評決)

 公判の審理が終了したら、裁判官と裁判員によって被告人が有罪か無罪(※合理的な疑問を残さない程度の証明が為されたかどうか)か、また、有罪であればどのような刑罰が妥当であるかなどの議論を行なうことになります。なお、評議の際は「推定無罪の原則」という大原則を常に念頭に置いておかなくてはなりません。「推定無罪の原則」とは、「被告人は裁判で合理的な疑問を残さない程度に有罪と立証されるまでは無罪と推定される(=有罪とされない)」ということです。
 次に、量刑も含めどのような刑にするかについては、審理中に検察官や弁護人が自ら適正と思うところを主張しますし、審理を一緒に担当する裁判官から必要に応じて同じような事件で過去にどのような刑が科されているのかが分かる資料などが提供されることも考えられます。これらを参考にした上で、裁判員は自分自身の感覚を前提にしてどのような刑にすべきかという判断を行なうことになります。なお、上記のような判断について裁判員は裁判官と原則として対等ですが、控訴手続や法律の解釈に関する問題は裁判官のみが判断することとなります。

 なお、評議においては全員一致の評議を目指して議論が行なわれますが、議論を尽くしても全員一致が得られない場合は多数決による評決を行なうことになります。その際、裁判官と裁判員とは同じ1票を持ち、裁判官と裁判員の1票の重みに差はありません。裁判員法では「構成裁判官及び裁判員の双方の意見を含む合議体の員数の過半数で決定すること」としているので、たとえば被告人を有罪とする場合、裁判官だけ、または裁判員だけの意見で被告人を有罪とすることは出来ないということになります。
(5)判決(※裁判員の立会いで裁判長が行なう)

 評決内容が決まると、裁判員の立会いで裁判官によって判決の宣告をします。そして、裁判員の職務は判決宣告と同時に終了となります。その後、裁判官は判決書に宣告した判決内容をまとめます。
参考2:公判前整理手続とは? 

 「公判前整理手続」とは、裁判員制度の導入を睨み、刑事裁判の充実・迅速化を図るため、05年11月の刑事訴訟法の改正で導入されたもので、刑事裁判で公判前に争点を絞り込む手続きを言います(※なお、類似する手続に、公判と公判との間で行なわれる「期日間整理手続」があります)。そして裁判員制度では、対象となる刑事裁判全てがこの手続に付されることになります。


 まず裁判官や検察官、弁護人が初公判前に協議し、証拠や争点を絞り込んで審理計画を立てます(※公開・非公開の規定は特にありませんが、慣例として大半が非公開で行なわれています)。そして、検察官は証明予定事実を明らかにし、証拠を開示しますが、一方の弁護人も争点を明示し、自らの証拠を示さなければなりません。また、手続には被告人も出席できます。採用する証拠や証人、公判日程はこの場で決まり、終了後は新たな証拠請求が制限されることになります。そのため、公判前整理手続の終了後は新たな証拠請求が制限されるため、被告人に不利になる恐れもあると懸念されています。
 次に初公判では、検察及び弁護側双方が冒頭陳述を行ない、手続の結果を裁判所が説明します。公判は連日開廷が原則で、公判の途中に同様の作業をする期日間整理手続もあります。

 既に多くの事件で行なわれています。実際、裁判に要する期間は、公判前整理手続の実施によってかなり短縮されていると言います。
参考3:区分審理

 連続殺人事件や無差別大量殺人事件などのように多数の事件を1人の被告人が起こした場合は審理が長期化する恐れがあり、同じ裁判員が長期に渡って審理に携わることは当然ながら困難だろうと考えられまする。そこで裁判所は、いわゆる併合事件(=複数の事件を一括して審理している事件)について、事件を区分して、その区分した事件毎に合議体を設けて、順次これを審理することができるとされています。ただし、犯罪の証明に支障を生じる恐れがある時は被告人の防御に不利益な場合などは区分審理決定を行なうことは出来ないと定められています。なおこの場合、予め2回目以降に行なわれる区分審理審判または併合事件審判に加わる予定の裁判員または補充裁判員である選任予定裁判員を選任することができることになっています。
 このようにして区分審理決定が為されると、その区分された事件についての犯罪の成否が判断され、部分判決が為されることになります。そして、部分判決では犯罪の成否のみ判断が下され、量刑については判断を行ないません。ただし、被告を有罪とする場合において、情状事実については部分判決で示すことが出来るとされています。この手続を「区分審理審判」と言います。そして、全ての区分審理審判が終了した後で、区分審理に付されなかった事件の犯罪の成否と併合事件全体の裁判を行ないます。すなわちここの合議体では、残された事件の犯罪の成否と既に為された部分判決に基づいて量刑を決定することになります。なお、この審判を「併合事件審判」と言います。

 なお、裁判員はそれぞれ1つの区分審理審判または併合事件審判にしか加わらないので、裁判員を長期に拘束する必要がなくなり、負担軽減につながると考えられています。もっとも裁判官は原則として事件全体に関与するので、裁判員と裁判官の間の情報格差が審理に影響を及ぼすのではないかと懸念する声も一部にはあります。
参考4:裁判員裁判を行なう裁判所

裁判員裁判を行なう裁判所
 裁判員裁判を行なう裁判所は、原則として地方裁判所の本庁で行なうことになっています。ただし、次に掲げる地裁支部においては裁判員裁判を行なうものとされています。
  • 福島地方裁判所郡山支部
  • 東京地方裁判所立川支部(※09年4月20日設置予定)
  • 横浜地方裁判所小田原支部
  • 静岡地方裁判所沼津支部
  • 静岡地裁浜松支部
  • 長野地方裁判所松本支部
  • 名古屋地方裁判所岡崎支部
  • 大阪地方裁判所堺支部
  • 神戸地方裁判所姫路支部
  • 福岡地方裁判所|福岡地裁小倉支部


■参考:裁判員裁判を行なうために使用される裁判所の施設
裁判員候補者待機室:
 選任手続期日に裁判所に来所した裁判員候補者をまず最初に案内する裁判員候補者の待機室です。当日はまずここで、被告人の名前や事件の概要、どのような罪に問われているのかなどを担当の裁判所職員が説明します。そして、次に当日用の質問票に記入することになります。質問手続が始まるまで、また、質問手続が終了し、その結果が出るまでの間、裁判員候補者にはこの部屋で待たされることになります。
質問手続室:
 裁判員候補者待機室で当日用の質問票に記入した後は、今度はこの質問手続室で裁判長が質問をします。裁判長は、それまでに裁判員候補者からご提出された質問票に基づいて質問を行ない、辞退が認められるかどうか、不公平な裁判をされる恐れがないかどうかなどを確認します。質問手続には、裁判官3人と書記官の他、検察官と弁護人が立ち会うことになります。なお、裁判員候補者のプライバシーに配慮してこれらは非公開で行なわれます。
裁判員裁判用法廷:
 質問手続などを経て最終的に選ばれた裁判員は、いよいよ法廷での審理に参加することになります。法廷では検察官と被告人及び弁護人がそれぞれの主張を述べ、それを裏付けるための証人尋問や証拠物件の取調べが行なわれます。また,評議の結果に基づいて最後に判決宣告がされます。なお、裁判員の方々にとって分かりやすい審理となるように、法廷には画像を映し出すためのモニターを設置するなど様々な工夫が施されています。
評議室:
 法廷で見聞きしたことに基づいて、被告人が有罪か無罪か、有罪だとしたらどのような刑にすべきかを、裁判員と裁判官がお互いの考えを述べ合って議論する評議室です。最終的な結論が出たら、裁判官が判決を作成し、その内容を全員で確認します。なお,評議は非公開で行なわれます。

参考5:裁判員制度に関する法律


裁判員の参加する刑事裁判に関する法律
http://law.e-gov.go.jp/announce/H16HO063.html

裁判員の参加する刑事裁判に関する規則(裁判所/原文は縦書き)
http://www.courts.go.jp/kisokusyu/keizi_kisoku/keizi_kisoku_24.html

参考6:裁判員制度に対するQ&A


Q1:  法律などの専門的な知識が無くても裁判員が務まるでしょうか? 
A1:  実際に裁判員に選任されても、「専門的な知識が必要なのでは?」と考える方も多いと思われますが、しかし、裁判員が持つ権限は「犯罪事実などの認定」「認定した事実の法律へ当て嵌める」「有罪の場合における刑の種類と量の決定」の3点で、法律へ当て嵌める前提となる解釈は裁判官が裁判員に説明します。従って、事実の認定や刑の決定に関しては専門的な知識が必要とされるものではありません。必要なのは、裁判員に選任された1人ひとりの様々な知識や社会経験が判断に反映されることです。そのため、法律に関しての専門知識を持っていなくても、裁判員として充分に職務を行うことは出来るのです。

Q2:  裁判員になって仕事を休んだことを理由に雇用先から解雇される心配はないのでしょうか? 
A2:  現行では初公判から結審まで数年かかることもありますが、裁判員制度での集中審理に対応するために、裁判官・検察官・弁護人は前もって公判前手続きを行ない、検察官の手元の証拠を開示した上で、どの点がポイントになるのかを整理して審理がスムーズに運ぶよう予定を立てます。実際には、犯罪事実に食い違いなどがない場合は1日で終わることもありますが、争いがある場合は2日間以上かかることもあるでしょう。刑事訴訟法の改正により、審理が2日間以上かかるような場合には出来るだけ連日の開廷にて審理を行わなければいけないこととなりました。そして、裁判員が参加する事件に関しては、前にも述べた通り「公判前手続」において争点や証拠を整理し、連日の公判に向けての準備をすることになっているので、裁判員の参加による事件では、事実関係に争いのある事件でも数日で審理が終わることも多いと見込まれています。なお、諸外国では裁判が終わるまで自宅には帰れないとしている国もあるようですが、日本においての裁判員制度ではそのようなことはありません。また、審理に参加することで、裁判員はその間は職場を離れることとなりますが、「そのことを理由に勤務先から解雇されるのでは?」という心配もあるでしょう。しかし、労働基準法に「公の職務を執行するために必要な時間を請求したときには、使用者はこれを拒んではならない」と明記されており、当然ながら裁判員も公の職務に当たるので、そのことを理由に解雇されることはありません。また、裁判員法でも「労働者が裁判員の職務を行うために休暇を取得したことなどを理由として労働者に対して解雇その他の不利益な取扱いをしてはならない」ことが明記してあります。裁判員に選任されたことについては裁判所から勤務先に連絡されるものではありませんので、自分で裁判所からの呼出状を見せるなどして 勤務先へ告知する必要があります。

Q3:  裁判の迅速化はよいことだとしても、そのために却って誤審につながる危険性はないのでしょうか? 
A3:  刑事裁判は確かに人権に深く関わるものであり、社会の安定を図るためにも不可欠なものなので、当然ながら適正かつ迅速に行なわなければなりません。そのため、裁判員の参加する裁判でも他の刑事裁判と同様に充実した審理を迅速に行なうことが要請されます。そこで、裁判員の参加する裁判では、全ての事件で「公判前整理手続」を行ない、充実した公判を迅速に行なうための準備をすることになっています。先にも説明したように公判前整理手続では、その事件の争点は何か、その争点を証明するために最も適切な証拠は何か、その証拠をどのような方法で取り調べることが最も分かりやすいかなどについて、裁判所と検察官、弁護人が相談します。その上で審理を行なう日程を調整し、判決までのスケジュールを立てることになっています。こうした準備を充分にした上で審理を行なうので、裁判員として裁判に参加する方々にも審理の内容をよく理解してもらえるだろうと裁判所では判断しています。評議に必要な時間は充分確保されるので、裁判員は議論を充分に尽くした上で判断することが出来ると考えられています。


■もっと色々と知りたい方はこちらをご参照下さい
裁判員制度Q&A - 最高裁判所ホームページ裁判員制度ウェブサイト
http://www.saibanin.courts.go.jp/qa/index.html

参考7:裁判員制度に関する案内図書類


◆参考図書類1:裁判所制作の裁判員制度広報用パンフレット
パンフレット:裁判員制度ナビゲーション(補訂版/08年9月)
パンフレット:よくわかる!裁判員制度Q&A(第2版/08年9月)

最高裁判所:
裁判員制度広報用パンフレット案内掲載ページ
『裁判員制度ナビゲーション(補訂版/08年9月)』
(PDFダウンロード用ページ)
『よくわかる!裁判員制度Q&A(第2版/08年9月)』
(PDFダウンロード用ページ)
その他の案内書類は、上記「裁判員制度広報用パンフレット案内掲載ページ」よりそれぞれダウンロードしてお読み下さい。

◆参考図書類2:日弁連制作の裁判員マンガ〜裁判員になりました〜
裁判員マンガPart1:『裁判員になりました−疑惑と真実の間で−』
裁判員マンガPart2:『裁判員になりました−量刑のゆくえ−』
裁判員マンガ番外編:『裁判員になりました−ルーキー弁護士の初仕事−』

日弁連 - 裁判員マンガ:
「裁判員になりました−疑惑と真実の間で−」・PART2「裁判員になりました−量刑のゆくえ−」他 (各100円・税込)
裁判員マンガPart1:
『裁判員になりました−疑惑と真実の間で−』
(書籍の詳細と購入用ページ)
裁判員マンガPart2:
『裁判員になりました−量刑のゆくえ−』
(書籍の詳細と購入用ページ)
裁判員マンガ番外編:
『裁判員になりました−ルーキー弁護士の初仕事−』
(書籍の詳細と購入用ページ)


◆参考図書類3:裁判所作成の裁判員制度広報用映画
裁判所作成の裁判員制度広報用短編映画:酒井法子主演『審理』
裁判所作成の裁判員制度広報用映画案内ページ
酒井法子主演『審理』他、映画『裁判員〜選ばれ、そして見えてきたもの〜』や『評議』、アニメーション『ぼくらの裁判員物語』他数編
『審理』はもちろんその他の短編映画・アニメーション等も皆中々に見所のある内容で、パソコンでも見ることが出来ますので、興味のある方は是非ご覧になることをオススメします。



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【3】裁判員制度というポピュリズム〜裁判員制度への疑問と問題点〜

 裁判員制度には元々かなりな批判や疑問が提示されていました。
 本項では、その裁判員制度に対する批判にはどのようなものがあるのか取り上げ、参考までにその主張を詳しく紹介しました。
裁判員制度に対して指摘される様々な疑問点と問題点

 裁判員制度には様々な疑問点や問題点が以前から多くの人たちによって指摘されています。それら指摘される問題点を、(1)制度上の問題(2)裁判員に関する問題(3)証人や被告などその他の裁判関係者に関する問題(4)公的な影響の問題の4つに大別して、以下で詳しく紹介・解説しました。
1)制度上の問題


■裁判員制度導入の自己目的化
 司法への国民参加は、より良い社会を実現するためのあくまで手段に過ぎないはずです。ところが、裁判員制度は逆に導入することが自己目的化してしまっているのではないかという裁判員制度導入に対する根本的な疑問点が一部の識者によって指摘されています。裁判員制度の持っている根本的な問題点として指摘される事柄を以下にまとめました。
制度の目的達成の不確実性:
 「国民に身近な司法を」という目的には、「他の先進国と比べ日本は司法が身近ではない」という前提がありますが、しかし、実体はどうなのでしょうか? 大体、司法制度はそもそもがその国の歴史及び社会的状況が反映された結果として形作られるものですが、「司法が身近ではない」という表面的な形式のみを重視して導入が決定された結果、各種アンケートからも見て取れるように、裁判員制度そのものが「誰にも望まれていない制度」となってしまう恐れがあります。とにかく、裁判を身近にするにしても、たとえば痴漢冤罪などの国民が関心を持ちやすい身近な分野の事件を対象とするなどといったように、もう少しやりようがあるはずなのに、専門の裁判官ですら判決を躊躇らう死刑判断を伴う刑事事件を対象とするなどというのは、裁判員となる国民の精神的負担が大きくなってしまう恐れがあります。
刑事事件への影響:
 裁判員制度では、公判前整理手続によって予め選定された争点を決められた日数で審議することになりますが、そのため、公判中に新たな争点が出てきたといった場合、たとえラフジャッジになってしまってでも強引に期間内で判決を出すか、それとも裁判員を入れ替えて審議をするかといった事態になりかねず、結果として刑事事件への処理機能が低下する恐れも指摘されています。

■制度の問題点が表面化しない
 「色々な問題が起きていても、それが守秘義務などによって表には出てこないようになっているため、問題があってもそれが直らない制度設計になっている」という指摘が聞かれます。この問題についても、以下で具体的に例を挙げて説明します。
 法律では3年後の見直しを予定しているが、裁判員に守秘義務があるため、たとえ実際の運用の中で問題が起こっても、公にそれを表明し議論することが出来ないことになる。
 法律では3年後の見直しを予定しているが、裁判員に守秘義務があるため、たとえ実際の運用の中で問題が起こっても、公にそれを表明し議論することが出来ないことになる。
 評議が割れた場合は多数決で評決や量刑が決まるのだが、それが割れたかどうかも公表されない。
 裁判員になった市民はそこでの経験を一切口外してはいけないことになっているため、実際に裁判に参加した裁判員と市民社会全体がそれらの貴重な経験則や参加意識を共有することはまず難しいと思われる。

■公判前整理手続き
 上記とも関連しますが、公判前整理手続も当然非公開のため、裁判員はどのような論点が外されたのかを知ることができません。こういった重要な情報を知らされずに、裁判員は被告が有罪か無罪か、そして有罪の場合の量刑の判断をさせられることになります。

 なお、公判前整理手続きの詳細については⇒「参考:公判前整理手続とは?」をご参照下さい。

2)裁判員に関する問題


■裁判員の出頭義務
 裁判員の出頭義務についても様々な観点より疑問点や問題点が指摘されています。この問題について、以下で具体的に例を挙げて説明します。
 裁判員法第52条により裁判員には出頭義務が課せられているが、この出頭義務そのものが問題だとする意見も現に存在する。
※参考までに説明すると、裁判員法第15条により、国会議員・国務大臣・裁判官・弁護士・検察官・自衛官などの職業に就く者は裁判員とならないことになっています。また、裁判員法第16条により、重病などの一定の事由があれば裁判員を辞退することが認められれいます。
 労働者が裁判員として法廷へ出廷した場合、経営者から不利益な取り扱いを受ける恐れが指摘されているが、その場合、特に歩合制の職業に携わる者に影響があると考えられる。
※ちなみに、裁判員法第100条は労働者が裁判員であったことを理由にする解雇や減給を禁止していますが、現実に訴訟になれば労働者は大きな負担を受けざるを得ないので、法律で守られているからと言ってもそれは建前にすぎず、やはり現実的とは言えないでしょう。
 なおここで補足しておきますが、有給休暇を除いて、経営者が休職している労働者に給与を支払わないことは違法ではありません。そのため、トヨタ自動車や東京電力などの会社は裁判員専用の有給休暇制度を新設しています。
 自営業者が裁判員に選任された場合、審理が終了するまで全く営業ができない恐れが指摘されているが、それは経営者が選任された場合も同様で、会社の運営に影響を及ぼす恐れがある。特に零細企業の場合、労働者が裁判員に選任されて休職することで損害を受ける可能性が高いと考えられる。
 裁判員候補者に送付される質問票では、介護や育児、仕事などで都合が悪い期間を2ヶ月しか申告できない制限があるが、この制限によって幼児及び児童、高齢者と同居する主婦が申告期間外に裁判員に選任された場合、介護や育児に支障を及ぼす恐れがある。ただし、裁判員法第16条第8項により証拠を提出すれば辞退の申し立てが可能になっている。
 学校に通わず勉学を続ける浪人生や20歳以上の高等学校通信教育の学生が裁判員に選任された場合、受験勉強や高卒学歴取得に影響を及ぼす恐れがあり、しかも浪人生や通信制学校の学生は裁判員法第16条第3項によっては保護されないという問題が指摘されている。
 国民に裁判員の職務を強制することは、意に反する苦役を禁じる日本国憲法第18条に反する恐れが指摘される。また、裁判員への参加義務は教育・納税・勤労の義務には当たらないことから、憲法に存在しない義務を国民に課す法律は憲法違反であるという指摘も為されている。(※当然ながら法務省は裁判員制度は意に反する苦役に該当しないと解釈していることになる。) 

■裁判員の守秘義務
 裁判員が追わなければならない守秘義務についても問題点が指摘されています。この問題についても、以下で例を挙げて説明します。
 裁判員は審理に関して終身の守秘義務を負うことになっており、違反した場合は6か月以下の懲役刑または50万円以下の罰金刑が科せられる。それに対して裁判官の守秘義務は範囲が狭く、終身のものではないため、裁判員の守秘義務は裁判官より重いものになるという問題点がある。
※裁判員と同じ裁判体を構成する裁判官は弾劾裁判や分限裁判で免職になるなどするケースはありますが、刑事罰の罰則規定がないのです。しかも、退職後は守秘義務を担保する規定が存在していないのです。裁判官と裁判員は同じ権限を持つと規定しながら、これでは中途半端だと言わざるを得ず、司法の素人である裁判員が裁判官より思い守秘義務を持つこと自体、制度の不備な意思は矛盾と言わざるを得ないでしょう。
 上記と関連して、裁判員法第9条第2項における裁判員が漏洩してはならない「職務上知り得た秘密」という語句は、範囲が不明確で、刑事法における不明確な規定は罪刑法定主義に反するという指摘がある。
※これに関する法務省の説明によれば、「職務上知り得た秘密」とは、関係者のプライバシーに関する情報や評議の推移と内容に関する情報を含み、公判で開示された証拠の情報や裁判員制度それ自体に関する情報を含まないとされています。 それはともかく、裁判員自身が評議においてどう判断したかを公にすることを処罰することは、思想及び良心の自由を規定した日本国憲法第19条及び表現の自由を規定した日本国憲法第21条を侵害することになります。なお、守秘義務と参加義務については検察審査会も同様の問題を抱えています。

■裁判員の不利益
 裁判員制度の孕む問題点として、裁判員の被る不利益についても色々と問題点が指摘されています。この問題についても、以下で具体的に例を挙げて説明します。
 裁判員候補者は、正式な裁判員を選任する手続きの中で宗教や前科などプライバシーに踏み込んだ質問を受けることになる。
※これは憲法で保障する思想信条の事由に絡むプライバシー上の問題に国家が関与するキッカケになるのではないかという恐れも一部にはあるでしょう。そこまで言わなくても、少なくとも聞かれたくないことでも裁判官からの質問には答えなければいけないという苦痛を伴うことになります。
 裁判員の氏名が被告人や他の裁判員に知られることにより、場合によっては危害が加えられる恐れもある。なお、裁判員法第101条は裁判員の氏名の漏出を禁じているが、顔貌の視認等によって裁判員を特定される恐れは否定できないのではなないかと懸念する向きも一部にはいる。
 裁判員は法廷で提出される証拠を全て確認しなければならないが、その中に遺体の写真などグロテスクな資料があった場合、過度の嫌悪感を催し、精神的な後遺症を患う恐れが指摘されている。
 判決を言い渡した後に誤判が判明した場合、裁判員は罪悪感に苛まれることになり、それが将来に渡って裁判員の心理的負担になる恐れがある。また、合理的理由により死刑判決に賛成した場合であっても、上記と同様、将来に渡って裁判員が過度の罪悪感に見舞われ、一般生活に支障を来す可能性も充分に考えられる。

■裁判員の資質
 国民の中から無作為に選ばれる裁判員の資質についても様々な問題点が指摘されています。この問題について、以下で例を挙げて説明します。
 日当が目的の無職者や興味本位の人が率先して裁判員を務めたがったり、或は一般の会社員が不参加を求めたりすること、また、暴力団などの反社会的団体の構成員を裁判員から排除する規定が無いことなどで、裁判員の枠が不健全な人物によって占められる恐れも指摘される。
※ちなみに、良心的兵役拒否と似て、欧州には処罰も覚悟の上で裁判所に出頭しない陪審員も多くいるとと言われています。しかし、軍隊を持たない日本においては、そのような考え方そのものが元々存在していません。
 マスメディアが大きく報道した事件を取り扱う場合、裁判員が予断を抱いて審理に臨む恐れがあります。 また、刑事訴訟がワイドショーと化す恐れも一部では指摘されている。
※そのため、審理中は陪審員を施設に宿泊させ、あらゆる情報媒体との接触を禁じる措置を講じている国家も一部には存在していると言います。ちなみに、たとえばイギリスでは陪審員に予断を与えかねない報道に対しては法廷侮辱罪が適用されますが、日本ではこの措置を否定しています。
 法に疎い裁判員は、当然ながら専門性が高い事件を正しく判断できない恐れがある。
※法令の解釈は裁判官のみが行なうのに対して、量刑の決定には裁判員も関与しますが、当然ながらその裁判員には量刑の前例などの知識が不足していることが懸念されています。何れにしても、裁判員制度の狙いである「市民感覚」は当然ながら法曹の感覚を必ずしも上回わるものではありません。また、事実の認定において、一般市民である裁判員には公判を正確に記憶して心証を形成することができない恐れがあります。

3)証人や被告などその他の裁判関係者に関する問題


■被告人の権利の侵害
 被告人にも基本的人権があり、最低限の権利を持っていることは常識ですが、裁判員制度によって被告人の最低限の権利が阻害される恐れが指摘されています。この問題についても、以下で具体的に例を挙げて説明します。
 欧米の陪審員制度などとは異なり、被告人は審理に裁判員が関与することを拒否することができないため、二重起訴の禁止等一部制約もあるが、「何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪はれない」とする日本国憲法第3章第32条の裁判を受ける権利に違背する恐れも指摘される。
 裁判員の都合に配慮して法廷での審理が短縮される結果、拙速な審理による誤判の危険が生じる恐れがある。
 公判前整理手続によって、裁判官の判断による証拠の制限が為される恐れがある。 ⇒なお、公判前整理手続きの詳細については「参考:公判前整理手続とは?」をご参照下さい。
 裁判員の選任その他の準備のため、起訴から第1回公判期日までに大きな間が空く恐れも考えられる。
 裁判員制度は冤罪の防止に有益であるという見解が一部にはあるが、被告人に有利な判決は上訴されれば破棄されるので、結局は審理が長期化するだけだとする指摘もある。

■証人の不利益
 無遠慮な裁判員によっては、証人が興味本位の尋問に晒される恐れが否定できない。(※なお、これは目撃者の他、被害者が証言する場合も同様です。) 

4)公的な影響の問題


 裁判員への日当として多額の国費が流出するため、現にこれは国税の浪費であって問題であるとする意見がある。

 裁判員であった者と接触することが禁じられることにより、マスメディアの持つ取材の自由が侵害されるという恐れも一部では指摘されている。

 誤審が起こっても、責任は裁判員にのみ押し付けられ、裁判官に却って反省の心が失われるのではないか懸念も指摘されている。

 裁判員の都合に配慮して法廷での審理が短縮される結果、事件の真相が詳しく究明されないのではないか恐れも指摘されている。

参考:裁判員制度批判に関するWebページ


◆参考Web1: 【正論】裁判員制度の実施を許すな〜東京大学名誉教授・小堀桂一郎
- MSN産経ニュース(1〜3ページ)
http://sankei.jp.msn.com/affairs/trial/071113/trl0711130352000-n1.htm

◆参考Web2: 死刑制度〜「裁判員」が負う厳酷な義務(日英対訳&解説 読売社説)
- YOMIURI ONLINE(1〜6ページ)
http://www.yomiuri.co.jp/kyoiku/learning/editorial/20051118/

裁判員制度というポピュリズム〜裁判員制度は真に国民の民意を反映できるか?〜

 現在の日本の刑事裁判は「公判中心主義」と言われ、従来は裁判に出された証拠を中心に判決を下そうとして来ました。確かに証拠が書類の山になっているという問題は多分いありましたが、書類・証拠を積み重ねて判決を出します。それに対してアメリカの裁判や現在日本が目指そうとしているのは「直接主義・口頭主義の徹底」であると言えます。すなわちこれは、直接裁判にやってきた証人や当事者の話だけをよく聞いて判断する裁判制度で、たとえばアメリカの法廷テレビを見ればよく分かるように、裁判官や検察官、弁護士、証人たちが一種の法廷劇を演じ、要するに一番うまく演じた者が勝利を収める制度だと言ってよいでしょう。そして、その一過程として日本では裁判員制度を取ろうというのです。ちなみに、裁判員制度というのは日本独自の試みです。裁判員制度は陪審制度の一部を取り入れたもので、数名の日本国民と数名の裁判官が合議をして判決と量刑を決める制度です。
 裁判員制度は確かに諸外国の陪審員制度を参考にしているのですが、その陪審員制度自体が実はそもそも不完全なものなのです。確かに『12人の怒れる男』という有名なアメリカ映画がありますし、日本でも『12人の優しい日本人』という作品がありますが、中々そんな理想通りにはゆかないのではないでしょうか? 裁判員制度では「公判前整理手続」で排除された証拠類は裁判員裁判では元々取り上げることすら出来ないのです。

 ここでは、陪審員制度自体が持つ問題点を中心に詳しく説明してゆくことにします。


 陪審員制度の理想は、市民一人ひとりが「個人」として裁判制度に参加するというものです。けれども、選ばれた陪審員は、現実には「個人」としてではなく「社会」として裁判に参加しています。そして、ここのところが実はとても重要な問題点なのです。

 たとえばマスコミを騒がすような凶悪事件が起こって、その犯人が捕まって裁判になったが、その犯人が無罪になったというような場合、そのことに対してマスコミは「あの凶悪犯人が裁判員によって無罪にされた」などと書き立てるかも分かりません。裁判員の名前などは公開されないとは言え、マスコミによっては、何らかの形でその裁判員を特定して、法律違反など無視してその裁判に関わった裁判員の実名や顔写真などを報道する恐れが全くないとは言い切れません。たとえそうはならなくて実名などは公表されない場合でも、自分たちが関わった事件に対してマスコミからそのような激しい批判や避難を受ければ、その裁判員は自分が何か悪いことをしたような思いに捕われ、場合によっては非国民呼ばわりされているような気分になってもおかしくはないでしょう。
 大体、裁判員裁判は非公開なので、その裁判の結果について云々するマスコミなどが目にするのは、裁判に提出された証拠ではありません。裁判官や裁判員たちによってどのような議論が為されたかも彼らは知らないのです。要するに一知半解なわけですが、マスコミだから、有名な評論家だからというだけで、多くの人たちはそういった一知半解な人たちの意見をそのまま信用してしまうといった危険性を否定することは出来ません。そして、そのような事実を知らない人たちに先導される形で既にある事件に対して厳罰化を望む雰囲気が社会で形成されていたといったような場合、只単に裁判に提出された証拠だけを見て裁判員が客観的でな判断ができるでしょうか? 確固たる信念を持っているとか、或は審議中の結論に余程納得しているような場合はまだよいですが、そういう人は多分少ないのではないかと思われます。
 ここで特に具体的な事件は挙げませんが、マスコミが騒いだような有名な事件では、裁判員個人の市民感覚を問われる前に、既に社会一般が予断に基づく審判を下してしまっている場合があります。要するにこれは、裁判員が自分の良心ではなくマスコミの圧力によって判決を決めてしまう可能性を否定できないということです。冤罪事件が後を絶たないことからも分かるように、司法判断の訓練を受けている裁判員ならまだしも、そうでない一般市民から選ばれた数名の裁判員に正しい司法判断を求めること自体に無理があると言ってよいでしょう。事件によっては、たとえ証拠が不充分でも、社会の圧力の前に有罪を下してしまう心配は少なくないと言わざるを得ません。
 また、裁判員個人がここの判決に対して厳罰化の意見を持っており、自分が関わった裁判においてもその見解から厳しい処罰を主張したというような場合でも、それが司法制度などの全体的な見地から見た場合に偏っている危険性も必ずしも否定できません。それに、そのそもその個人の意見というもの自体がマスコミによって醸成されたもので、本当にその個人の意思を反映したものであるかどうかは未知数であると言わざるを得ないのです。確かに一般国民がマスとして正義感を持つことは決して間違っていないはずですが、とにかく一般国民がマスとして持つ正義感を個人に対して行使することは間違っていると言えるのではないでしょうか。

 そればかりではありません。
 大体、普通に会社勤めをしている一般社会人にとって、裁判員になることはとにかく厄介で面倒なことであることには変わりがないため、裁判員を喜んで引き受けるのは、定職についていないなどで時間に余裕を持っている人たちに偏る危険性も懸念されます。これはアメリカの陪審員制度の問題点でもあるのですが、時間のかかる重大事件が、年金受給者や時間を持て余した主婦、或は極端かも知れませんが、プータローなどによって裁かれることになるわけです。司法に市民感覚や民意を反映すると言っても、このように反映される民意は一般の日本人を代表するものではなく、一部の層の日本人の民意しか反映されず、場合によっては余り良識のない人たちの意見が司法に反映されてしまう危険性もあるわけで、衆愚政治などと言った批判もあるように、そのような民主主義の歪んだ一面が司法に反映される恐れが否定できないわけです。
 また、裁判員制度は地裁のみなので、当然ながら場合によっては裁判員たちによって真偽をつくされた結論が高裁でが覆る可能性もあります。その場合は「国民の代表者が決めた判決を高裁の裁判官が無視した」ということになりますが、その結果、裁判官への反感や司法制度への不信感がさらに高まる危険性も否定できません。その意味でも裁判員制度は国民の民意を本当の意味では反映できない司法制度であると言えるわけです。


 そんな訳で裁判員制度ができれば、処罰の厳罰化が叫ばれる昨今、凶悪事件を担当する検察官にとってはやりやすくなるのではないでしょうか。そして、当初から裁判員制度に賛成してきた日弁連は、その意図とは逆に無実の犯人を作り出すことに協力することになる恐れが否定できないわけです。

 繰り返しになりますが、先にも述べたように、陪審員制度と同様、「裁判員制度というのは市民一人一人が考えて判決を下す制度ではなく、社会大衆の雰囲気を代表して判決を下す制度」であると言ってよいでしょう。そして、とにかくそこで判決に必要なのは、裁判所に提出される証拠ではなく、社会が作り出す雰囲気と、そして検察と弁護士の「言葉」なのです。そしてこれが、先に「裁判員は既に『個人』ではなく『社会』として裁判に参加している」と書いた理由です。そして、これが「民主主義化した司法制度」というものの持つ実体であり、それは司法の「ポピュリズム」の結末でもあるのです。


◆ワンポイント1: ポピュリズムとは? 
 ポピュリズム(Populism) は政治学概念のひとつで、政治過程において有権者の政治的選好が直接的に反映されるべきだとする志向を指し、いわゆるエリート主義の対概念であると言われます。その代表的事象としては、19世紀末〜20世紀初頭のアメリカにおける革新主義運動が挙げられます。なお、本来は学術用語であるポピュリズムの語が転じて、現在のマスコミにおいては、いわゆる「衆愚政治」という意味でポピュリズムの語が用いられることもあります。その場合の「ポピュリズム」の定義は曖昧で、単に支持率の高い政権を「ポピュリズム」と表現することもあるようです。

 ポピュリストは、既存の政治的エリート外から現われることが多いとされます。選挙戦においては大衆迎合的なスローガンを掲げ、政党や労組等の既存の組織を利用せずに大衆運動の形を採ることが多く、その場合は屡々マスコミを通じた大掛かりな選挙キャンペーンが打たれることが多いと言われています。そして、ひとたび政権に就くと、そのポピュリストは、たとえば民営化や大企業の解体、規制緩和、減税、外国資本の排除、資産家に対する所得税率の上昇、反エリート・反官僚キャンペーンなどといったいわゆる既得権益への攻撃を常套手段として行ないます。たとえば経済政策に関しては、近年は南米の諸政権のように財政肥大化を伴う労働者層への政治的・経済的厚遇(平均賃金の上昇、年金政策の強化、医療・福祉の充実など)を行なうなど左派的な側面の強い政策を行なう者が代表的なポピュリストとして知られています。
 とにかくポピュリスト政治家は、一般大衆との近さを装うために従来の政治過程や官僚制度をバイパスした政策(たとえば直接民主主義制度に近い手法)を実行するため、しばしば国民投票や住民投票を多用します。その一方でポピュリスト政治家は、対外・治安面では強硬な姿勢を取る場合が多く、ナショナリズムや大衆文化を鼓舞したり、或は民兵組織を編成することもあります。また、エリート的な民主主義を否定し、限定的に労働者を労働組合などを介して政治に参加させるなど、いわゆるコーポラティズム的な政治手法、すなわちイタリア型ファシズムと似た側面を持つこともあると言われています。

◆ワンポイント2: 衆愚政治とは? 
 衆愚政治(Ochlocracy)とは多数の愚民による政治の意で、民主政を揶揄して用いられる言葉です。たとえば有権者の大半が知的訓練を受けずに参政権を得ている状況で、その愚かさ故に互いに譲り合いや合意形成が出来ずに政策が停滞してしまったり、或は愚かな合意が得られたりする状況を指して「衆愚政治」と言われることが多くあります。また、有権者が各々のエゴイズムを追求して意思決定する政治状況を指して衆愚政治という場合もあります。要するに、知的訓練を受けた僭主による利益誘導や、或は地縁・血縁から来る心理的な同調や、刹那的で深い考えに基づかない怒りや恐怖、嫉妬、見せかけの正義(大義)、または利己的な欲求など様々な誘引に導かれて意思決定を行なうことでコミュニティ全体が不利益を被る政治状況を指して衆愚政治と言うわけです。

 古くは、古代ギリシャの哲学者プラトンによって、民主政は衆愚政治に陥る可能性があるとして哲人政治の妥当性が主張されました。プラトンの場合は古代民主制のアテナイの誤った裁判によって氏であるソクラテスが死刑になったことを目の当たりにして、『国家』などの代表的な著作で「哲人政治」の理想を描いたのです。このプラトンによる民主制批判はまだ聞くべきものがあるのですが、大概の衆愚政治論には、その本音としての独裁制への野望が隠れていることが多いと考えられます。事実その証拠に、たとえば現代では、アドルフ・ヒトラーはヴァイマル憲法下おける民主主義が政局や経済混乱を招いているとして、これを衆愚政治と捉え、国家社会主義ドイツ労働者党(ナチ党)による独裁政を、衆愚政治の弱点である煽動や民族的な怒り、またテロルなどに訴えることで、民主的手段によって、すなわち国民の意思を反映させるという形でナチズムという独裁的な政治体制を樹立したことはよく知られている通りです。ちなみにイギリスの政治家ウィンストン・チャーチルは、このような民主的な手段という仮面を被った独裁政への魅力を戒め、「民主主義は最悪の政治といえる。これまで試みられてきた、民主主義以外の全ての政治体制を除けばだが」と述べたと言われています。

参考8:裁判員制度批判の参考図書類


参考図書4:裁判員制度の批判書
井上薫『つぶせ!裁判員制度』新潮新書
井上薫著(弁護士・元判事)
『つぶせ!裁判員制度』
新潮新書、新潮社・08年3月刊、¥714

参考書評1:
日刊新書レビュー:
ド素人の多数決で「感情裁判」時代がやってくる? 〜『つぶせ!裁判員制度』井上薫著(評:荻野進介)
- 日経ビジネスオンライン
西野喜一『裁判員制度の正体』講談社現代新書
西野喜一著
(新潟大学大学院実務法学研究科教授・元判事)
『裁判員制度の正体』
講談社現代新書、講談社・ 07年8月刊、¥756

参考書評2:
虹とモンスーン:
裁判員制度実施反対!
〜『裁判員制度の正体』( 西野喜一/講談社新書)の紹介〜
高山俊吉『裁判員制度はいらない』講談社+α文庫
高山俊吉著
(交通法科学研究会事務局長、憲法と人権の日弁連をめざす会代表)
『裁判員制度はいらない』
講談社+α文庫、講談社・09年2月刊、¥780


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