| 昔の生活の良さの原点 |
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| 実にゆっくり着実にが自然のいとなみ |
地球が、誕生し、生物が生まれ、進化し、微生物が、植物に、動物になりそして、私たちの今の生活があるのです。自然の流れは実にゆっくり結った一途流れているのです。それは、数万年から数億年までのスパンで動いているのです。
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| 環境に対応したものだけが今の地球に |
地球環境は誕生から今まで大きく変化してきました。その流れに対応できたものだけが、今植物や動物として生き残っているのです。
その原理は環境の変化がおきると、その環境に対応できない種は、死滅してしまうしかありません、しかしその中に、環境に対応でき得る因子を持ち合わせた生物がいると、それが元になりちょっと変化した種が誕生します。こうした変化が長い年月の中で、数多く起き、数多くの種が死滅し、誕生し、その中で、数多くの多岐にわたる生物が存在するようになったのです。
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| 昔の生活とは自然の流れ中にあったもの |
私たち人類の生活も、自然の流れの中の一つであったのです。生まれ、育ちその中で、何世代も変わらぬ生活を繰り返していたのです。
自然を敬い、無駄、無理を省いたゆったりと流れる時間の中での生活、それは、環境の大きな変化が無い限り何万年も続いてきていました、数十年前のアジアやアフリカ、中南米の原住民の原始生活がそれを証明しています。
生物の子孫を残すという最大限の生存意義、人間は高度の生命として、子孫を残す為には
十数年の成長を必要とし、そのために、成長の過程で多くのことを覚え、学んでいけたのです。その中心は、親や周辺の大人たちからの生活していく為の知恵を授かりました。
その中で、自然を敬うこと、(満腹を満たす為むやみに伐採や狩をするとしっぺ返しが来る為)、親や大人を敬うこと、特に年寄りを大切にしていたのです。
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| 自然の知恵を生かした生活がつい最近まで |
人間の知恵は、環境の変化にも対応できる素晴らしいものです。人間は環境の変化に対応するために、知恵を絞り順応してきました。食物にはタネが有り、タネをまくと作物が取れる耕作の発展、道具を使うとより簡単に獲物が取れることなど、その知恵を花咲かせていきました。この知恵がどんどん発展すると、分業が生まれてきました。最初は、大人子供、女男、そのうち得意不得意によりそれぞれの仕事が分業化されてきたのです。社会の発生です。
社会が生まれると、どうしても良い面ばかりでなく、弊害が発生してきます。それは歴史を紐解いて見ると明白ですが、個人や集落の単位では、数十年前までは、そんなに大きく変わっていなかったのです。
自分の生まれた環境で育ち、成人し生活していく、その中には、昔ながらの知恵(自然の流れを生かした生活)が息づいていたのです。
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| 昔の生活には |
昔と今で何が一番違うといえるでしょう。それは物が無いことではないでしょうか。生活の基盤は、自分の体と知恵のみ、社会の概念を除いてシンプルにしてみると、とにかく家族の食べるられる事を生活の軸として、それ以上もそれ以下も無い生活をしていたのです。それは、生まれてこの方その生活しか知らないから、言ってしまえばそれだけのことです。それでも、親を敬い、子供をかわいがり、親類や近隣の人たちと助け合い、自然の流れの中で自分の出来ることを精一杯やる充実した生活があったのです。
そして、自分の範ちゅう以上のことが起きても、それは仕方がないものとしてあきらめるしかないそんな生活です。不作で、作物が取れなくても、たとえ、子供が病気になろうとも病気になろうとも・・。
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| 物を大切に |
先ほどお話をしたように、昔は物の無い時代でした、全てのものは身の回りのものを、知恵を絞り自分で作り出したものでした。時代が進み、おおくの道具が誕生してきても、自分たちの食い扶持をへずって、道具を仕入れていました。だから物は大切にしました。
どの道具も、もともとは自分たちが作っていたもので、その物造りが得意な人がまとめて造るようになったもので、当然材料も自然素材、使いやすさと、物の大切さを理解して、使いやすく丈夫なものを造っていたのです。作り手と、使い手の連携がここにもあります。
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| 物造りの今との違い |
昔の生活は、まずは家族が、食べ、住み、暮らすためそれ以上でもそれ以下でもありません。求めるものが最小限ですから、仕事に対する対価も低くてすみます。
現在の中国製の製品がすごっく安いのは、現地従業員の生活がまだ、上記のレベルにあるためです。日本のデフレは、そんな、昔ながらの生活を基盤にしている人たちの安い労力で具現化しているのです。
現在の日本では、どんな職業に付く人でも、家はもちろんのこと、白物家電はもとよりテレビ、ステレオ、自動車、原付バイク・・・多く物を買う為に血眼になって働かなくてはなりません。
しかも、日々新商品が発売されその新商品に心を動かされ、それを買う衝動にさいなまれているのです。
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| 昔の良さを取り入れよう |
昔の生活といっても、良い点、悪い点いろいろあります。でも、どちらかが自然かといえば昔の生活の方が、祖膳であったということは間違いありません。
私たちは、現在の生活に生きている事は現実ですし、そのありがたさを享受していることも事実です。その便利さから抜け出すことは、絶対に無理です。
かといって、今のままでは・・・。 そこで、自分なりに「スローライフ」自分の昔探しをして、その良さを生活の中に取り入れてみてはいかがでしょうか。
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| 人との関係を大切に |
まずは、家族との関係を改善しよう、親をほったらかしていませんか、子供を学校や塾にまかせっきりにしていませんか。奥さん・だんなさんとの時間をないがしろにしていませんか?
親の働く姿を見せ、食事を共にし、子供に何かを伝えようとしていますか。家族が社会の始まりです。現在は、昔のように社会の全てにすることは無理ですが、極力家族がゆっくりとスローに接して見ることが大切です。その中で、社会の中での自己の確立とストレス対策が出来るのです。
地域社会の接触も積極的に、スローライフは、仕事や遊びにも振り回されないこと、時間のゆとりさえあれば、地域との接触も可能になります。昔は地域社会との接触は必要かくべからずものでした。現在でも、阪神大震災時に、自己発生的に生まれた助け合いの精神は、本来私たちが持つ地域社会との係わりを考え直してみる良い機会となっています。
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| 物を大切にしよう |
自然物は輪廻の概念で、常に回りまわって、自然界の中で活かされて行きます。そこには自然のサイクルが存在し、無理、無駄は一切有りません。
昔の人は、自然素材をたくみに利用しておおくの物を生み出しています。自然素材は、素材の害もなく丈夫で使うほどなじんで長期間利用できます。使用後も、自然に帰ります。
現在の多くの日用品や道具・器具・機器は、自然界に無い新材料が使われています。新素材は大量に安く作ることが出来ますが、やすい分粗雑に扱われ、また、造る段階から、長期間利用できるように造られていません。また、捨てられたあとも、廃棄物としていつまでも自然には帰る事は有りません。
昔ながらの道具は、なかなか手に入りづらく、またあっても高価なものも有りますが、何でも良いですから一つ手に入れて使ってみてはいかがでしょうか。
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| 時間の概念を変えよう |
スローライフの、最重要項目、時間をゆったりと過ごす。私たちには出来そうで出来ないこと。電車が10分遅れただけで、いらいらし、駅員にくってかかる人。渋滞で待ち合わせに間に合わず無謀な運転をする。アジアに日帰り出張する・・。本当にこんなに時間にしばられる必要があるのでしょうか。
仕事上は仕方がないこととしても、普段の生活でも同じ時間軸で動いている自分がそこにはいるはずです。
まったく時間軸を排除する生活時間帯を取り入れてみましょう。第三国などでは電車が2日遅れても、何事もなく待っている人たちがいるのです。
一分一秒が大切・・・これも一理有りますが、何も考えないで、自然に身を任せてみることも大切では無いでしょうか。
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| 田舎での生活を体験しよう |
最近田舎暮らしがブームとなっています。田舎での生活は、昔の生活の要素が数多く残っています。そこに暮らす人の人情、家は、木と土壁、障子、襖で・・。周辺環境は自然にあふれ、食材も地の食材が豊富、昔からの道具が普通に使われていたりします。
朝は、日の出で目を覚まし、夕方には家に帰り、家族そろって食事を囲む。そんな生活をそのまま実践することは不可能でしょうが、田舎がある人はその生活にドップリと、無い人でもキャンプなどで是非体験をしてみてください。
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