| 【1】暦と旧暦 |
日本には古来から用いられてきた暦の文化があります。本節では、二十四節季や七十二候について説明する前に、その基礎知識として日本の暦について簡単に説明しました。
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| 暦とは |
暦とは、時間の流れを年・月・週・日といった単位に当てはめて数えるように体系付けたもので、その構成の方法論(暦法)やそれを記載した暦書ないし暦表(カレンダー)を指します。また、そこで配当された各日毎に月齢や天体の出没(日の出・日の入りや月の出・月の入り)の時刻、潮汐(干満)の時刻などの予測値を記したり、曜日・行事・吉凶(暦注)を記したものをも含めます。
なお、これを細分すると、大体以下のようになります。
- 日を記録するものを暦(こよみ、calendar)
- 暦による日付の並びを表形式等で表示した暦表・カレンダー(calendar)
- 暦の方法論である暦法(新暦、旧暦)(calendar)
- 天象の予報・天体の軌道を記述するものを天体暦(ephemeris)
- 1年間の日毎に天象に加えて行事や占いや曜日などを総合して記述したもの(生活暦、almanac)
- 航海用に1年間の天象・天体の視位置を記述した航海暦(nautical almanac)
- 紀年法、すなわち西暦・和暦など(calendar era)
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| 暦とその謂れ |
こよみの語源は、江戸時代の谷川士清の『和訓栞』では「日読み(かよみ)」であるというのが定説となっていて、一日、二日と数えることを意味しています。他に本居宣長の《一日一日とつぎつぎと来歴(きふ)るを数へゆく由の名》、また、新井白石は《古語にコといひしには、詳細の義あり、ヨミとは数をかぞふる事をいひけり》などの定義が存在します。
一方、中国の暦も、月日の決定だけでなく日月食の予報や惑星運行の推算(天体暦)などを扱うもので、過去に関する記録は「歴」、現在から未来に関する記録は「暦」であるが、これを共に扱う役職を史官と言い、今で言うところの歴史学者と天文学者を兼ねていました。また、暦は未来を扱うものであるから予言的な性格を持ち、占星術と大きく関わっており、特に占いに関わるものは暦注と呼ばれました。
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| 季節・気候の語源 |
季節とか気候と言えば気象学の分野で、天文とは直接関係なさそうに思えますが、季は四季、節及び気は二十四節気、候は七十二候のことを言い、何れも太陽黄経を示す暦のことを指します。
太陰暦を採用していた時代には、月の形を見て日付を知ることは重要なことで、時計がなく、夜間照明が月しかないのですから、太陽の位置や月の形を見て時刻や日付を知ることは庶民の生活にとって必要な能力だったのです。ところが、毎日の生活は月を見るとしても、農耕に必要な季節は太陰暦からは得られません。太陰暦の1年は354日程度しかなく、毎年11日も年初が早まってしまいます。3年も経つと1ヶ月以上も季節がずれて、これでは、種蒔きや収穫をいつするのか分からなくなってしまいます。そこで太陽暦を取り入れた太陰太陽暦が作られました。中国や日本で用いられた旧暦というものは太陰太陽暦のことですが、それでも19年に7回も1年が13ヶ月あるという暦では、やはり農耕には向きません。季節変化は地球と太陽の位置関係で決まるので完全な太陽暦を用いるべきなのですが、他の事情がそれを許さないので 太陽の天球上の位置を示す季節、気候が導入されて、こうしてカレンダー上に書かれるようになっていたのです。要するに江戸時代の庶民は暦(カレンダー)を買ってきて そこに書かれている節気を参考に種蒔きや収穫の日取りを決めていたのです。もちろん現在の暦は太陽暦ですから、節気を気にする必要はありません。立春はいつも2月4日と決まっているからです。
地球から太陽を見ると 天球上を移動してゆくように見えます。実際は地球が太陽の周囲を公転しているのですが、この場合は太陽が動いていると考えても問題はありません。太陽が動く天球上の道筋を「黄道」(こうどう)と言い、地球の赤道を天球に投影した大円を「天の赤道」と言います。また、天の赤道と黄道は約23.5度傾いています。太陽が黄道上を動き、天の赤道を南から北へ横切る点を「春分点」と言い、天球上の天体の位置を示す基準となる点です。また、太陽は春分点を出発して1年で天球上を1周して春分点に戻ります。これを360等分して春分点からの角度を示したものを「黄経」と言いますが、季節や気候は太陽の黄経を示しているのです。なお、旧暦で行なわれていた年中行事を現在のグレゴリオ暦で行なうのは確かに季節感がずれているのですが、それは年初の日付(元旦と旧正月)が1ヶ月以上ずれていることが問題なので、太陰暦の方が季節感があるなどという主張は明らかに誤りということになります。
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| 旧暦の名称とその由来 |
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1月:睦月(むつき) |
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日本では旧暦1月を睦月(むつき)と呼び、現在では新暦の1月の別名として用います。睦月という名前の由来には諸説あり、最も有力なのは、親族一同集って宴をする「睦び月(むつびつき)」の意であるとするものです。他に「元つ月(もとつつき)」とか「萌月(もゆつき)」「生月(うむつき)」などの説があります。 |
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2月:如月(きさらぎ) |
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日本では旧暦の2月を如月(きさらぎ、絹更月、衣更月と綴ることも)と呼び、現在では新暦の2月の別名としても用います。また、他に梅見月(むめみつき)とか木目月(このめつき)等の別名もあります。「如月」は中国での二月の異称をそのまま使ったもので、日本の「きさらぎ」という名称とは元々関係がありません。なお、旧暦の2月は新暦では3月頃に当たり、梅の花が咲く時期です。「きさらぎ」という名前の由来には諸説あり、
旧暦の2月でもまだ寒さが残っているので、衣(きぬ)を更に着る月であるとして衣更着(きさらぎ)とするもの、草木の芽が張り出す月であるから草木張月(くさきはりづき)とするもの、また、前年の旧暦の8月に雁が来て、更に燕が来る頃であるから来更来(きさらぎ)とするとか、或は陽気が更に来る月であるから気更来(きさらぎ)とするなど様々な説があります。 |
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3月:弥生(やよい) |
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日本では旧暦の3月を弥生(やよい)と呼び、現在でも新暦の3月の別名としても用います。他に花月(かげつ)とか嘉月(かげつ)、花見月 (はなみづき)、夢見月(ゆめみつき)、桜月(さくらづき)、暮春(ぼしゅん)等の別名もあります。弥生の由来は、草木がいよいよ生い茂る月「木草弥や生ひ月(きくさいやおひづき)」が詰まって「やよひ」となったという説が有力で、これに対する異論は特に聞きません。 |
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4月:卯月(うづき) |
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日本では旧暦の4月を卯月(うづき)と呼び、現在では新暦の4月の別名としても用います。他に「夏初月(なつはづき)」の別名もあります。卯月の由来は、卯の花が咲く月「卯の花月(うのはなづき)」を略したものというのが定説となっていますが、卯月の由来は別にあって、卯月に咲く花だから卯の花と呼ぶのだとする説もあります。また「卯の花月」以外の説には、十二支の4番目が卯であることから「卯月」とする説や、稲の苗を植える月であるから「種月(うづき)」「植月(うゑつき)」「田植苗月(たうなへづき)」「苗植月(なへうゑづき)」であるとする説などがあります。 |
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5月:皐月(さつき) |
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日本では旧暦の5月を皐月(さつき)と呼び、現在では新暦の5月の別名としても用います。「菖蒲月(あやめづき)」の別名もあります。皐月の由来は、この月は田植えをする月であることから「早苗月(さなへつき)」と言っていたのが短くなったものとされます。他に「サ」という言葉自体に田植えの意味があるので、「さつき」だけで「田植の月」になるとする説もあります。日本書紀などでは「五月」と書いて「さつき」と読ませており、皐月と書くようになったのは後のことです。また「皐月」は花の名前となっています。なお、旧暦の5月は新暦では6月から7月に当たり、梅雨の季節になります。その証拠に、五月雨(さみだれ)とは梅雨の別名ですし、五月晴れ(さつきばれ)とは本来は梅雨の晴れ間のことを言います。 |
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6月:水無月(みなづき) |
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日本では旧暦の6月を水無月(みなづき)と呼び、現在では新暦の6月の別名としても用います。水無月の由来には諸説あり、文字通り梅雨が明けて水が涸れてなくなる月であると解釈されることも多いのですが、逆に田植が終わって田んぼに水を張る必要のある月「水張月(みづはりづき)」「水月(みなづき)」であるとする説も有力です。他に田植という大仕事を仕終えた月「皆仕尽(みなしつき)」であるとする説や、水無月の「無」は「の」という意味の連体助詞「な」であるため「水の月」であるとする説などもあります。梅雨時の新暦の6月の異称として用いられるようになってからは、「梅雨で天の水がなくなる月」「田植で水が必要になる月」といった解釈も行まわれるようになりました。 |
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7月:文月(ふみづき、ふづき) |
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日本では旧暦の7月を文月(ふみづき、ふづき)と呼び、現在では新暦の7月の別名としても用います。他に「秋初月(あきはづき)」とか「七夜月(ななよづき)」の別名もあります。文月の由来は、7月7日の七夕に詩歌を献じたり書物を夜風に曝す風習があるからとするものが定説となっています。しかし、七夕の行事は奈良時代に中国から伝わったもので、元々日本にはないものであるため、そこで稲の穂が含む月であることから「含み月」「穂含み月」の意であるとする説もあります。 |
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8月:葉月(はづき) |
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日本では旧暦の8月を葉月(はづき)と呼び、現在では新暦の8月の別名としても用います。他に「月見月(つきみづき)」の別名もあります。葉月の由来は諸説ありますが、木の葉が紅葉して落ちる月「葉落ち月」「葉月」であるという説が有名です。他に稲の穂が張る「穂張り月(ほはりづき)」という説や雁が初めて来る「初来月(はつきづき)」という説、また、南方からの台風が多く来る「南風月(はえづき)」という説などがあります。 |
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9月:長月(ながつき) |
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日本では旧暦の9月を長月(ながつき)と呼び、現在では新暦の9月の別名としても用います。他に「寝覚月(ねざめつき)」の別名もあります。長月の由来は、「夜長月(よながつき)」の略であるとする説が最も有力です。他に「稲刈月(いねかりづき)」が「ねかづき」となり「ながつき」となったという説や、「稲熟月(いねあがりづき)」が略されたものという説がああります。 |
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10月:神無月(かんなづき、かみなしづき) |
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日本では旧暦の10月を神無月(かんなづき、かみなしづき)と呼び、現在では新暦の10月の別名としても用います。「神無月」の由来は、新穀で新酒を醸す月であるから「醸成月(かみなんづき)」とするものや、新嘗(にいなめ)の準備をする月であるから「神嘗月(かんなめづき)」であるとするもの、「神の月」の意であることからそのまま「神な月(かみなづき)」とするもの、雷のない月であるから「雷無月(かみなしづき)」であるとするものなど様々なものがありますが、それらの何れにしても「神無」は宛字とされます。一般によく知られた説としては、出雲の出雲大社に全国の神様が集まって1年のことを話し合うため、出雲以外には神様が居なくなる月の意味とされており、そのため出雲では神在月と言われます(もっとも出雲へ行かずとも、村や家に留まる田の神や家の神的性格を持つ留守神も存在するし、全ての神が出雲に出向くわけではないとともされます)。 |
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11月:霜月(しもつき) |
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日本では旧暦の11月を霜月(しもつき)と呼び、現在では新暦の11月の別名としても用います。他に「神楽月(かぐらづき)」「子月(ねづき)」の別名もあります。霜月の由来は、その文字通り霜が降る月の意味とされます。他に「食物月(おしものづき)」の略であるとする説や、「凋む月(しぼむつき)」「末つ月(すえつつき)」が訛ったものとする説もあります。 |
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12月:師走(しわす) |
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日本では旧暦の12月を師走(しわす)または極月(ごくげつ、ごくづき)と呼び、現在では師走(しわす)は新暦の12月の別名としても用います。師走の由来は僧侶(師は、僧侶の意)が仏事で走り回る忙しさ(平安後期編『色葉字類抄』)からという平安期からの説が有力です。他に言語学的な推測として「年果てる」や「し果つ」等から「しわす」に変化したなどという説もあります。なお余談ですが、明治時代に日本が太陰暦から太陽暦に変更した際に政府が年末の給料を削減するために12月の日数を2日としたことがあったそうで、その時は明治6年12月3日がいきなり明治7年1月1日となったそうです。 |
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| 参考:参考図書と参考サイト1 |
| ◆暦に関する参考図書 |
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ジャクリーヌ・ド・ブルゴワン・著
池上俊一・監修+南条郁子・訳 |
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『暦の歴史』「知の再発見」双書96 |
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「知の再発見」双書96、
創元社、2001年05月刊、1,600円 |
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本書は、「なぜ暦(計時)は完全な十進法で合理化されていないのか」「1年はなぜ冬の最中に始まり、12ヶ月なのか」、など、暦に関する素朴な疑問に、わかりやすく答えたものである。そして後半の資料篇では、前近代の民衆の暮らしに密着した経験的な暦の魅力の数々、グレゴリオ暦に反撥して1792年に始まり徹底的に十進法を採用したにもかかわらず失敗した「フランス共和暦」、さらにはジャリの「パタフィジック万年暦」といった現代の奇矯な創作暦の試みまで、暦をめぐる楽しい逸話を紹介している。 |
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片山真人・著 |
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『暦の科学 BERET SCIENCE』 |
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ベレ出版、2012年05月刊・1,500円 |
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1年、1ヵ月、1週間、1日といった、時の体系「暦」は非常によくできたシステムです。それは古代から人々が天を仰ぎ観察し続けた、太陽と月の動きから作られています。本書ではその仕組みをやさしく解説し、それにともなう季節の話、潮の満ち干や日食・月食などにも触れていきます。 |
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岡田芳朗+阿久根末忠・編 |
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『現代こよみ読み解き事典』 |
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柏書房、1993年03月刊・2,718円 |
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暦に記載されているすべての事柄について解説を加えた画期的事典。暦を理解するための必読書。婚礼や結納にはなぜ大安吉日が選ばれるのか。先勝・先負・仏滅など暦に記載された事項を解説。 |
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岡田芳朗・著 |
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『明治改暦 「時」の文明開化』 |
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大修館書店、1994年06月刊・2,800円 |
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旧暦明治5年12月3日を太陽暦明治6年1月1日に改暦。すなわち、明治5年12月2日の翌日は明治6年1月1日。「時」に縛られる現代人の生活はそこから始まった。秘密裡に進行した太陽暦改暦の真相や時刻制度や年号制度、皇紀、祝祭日、週休制など一連の「時」のシステム化の全貌を豊富な資料と図版とを駆使して解明する。 |
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| 【2】春夏秋冬と二十四節季 |
季節感を表わす二十四節季というものが日本や中国の暦にはあります。本節ではその二十四節季を解説し、併せて雑節についても解説しました。
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| 二十四節気とは? |
二十四節気(にじゅうしせっき)は、1太陽年を日数(平気法)ないし太陽の黄道上の視位置(定気法)によって24等分し、その分割点を含む日に季節を表す名称を付したもので、二十四気(にじゅうしき)とも言います。二十四節気、太陰太陽暦において月名を決定し、季節とのずれを調整するための指標として使われてきました。分割点には12の節気と12の中気が交互に配され、各月の朔日(1日)が対応する節気前後になるように月名を決めるのですが、実際には月中に次の中気が含まれるように決めることになります。たとえば雨水が含まれる月を「正月」と決めると元日の前後半月以内に立春があることになる。また、中気が含まれない月が現われた場合には閏月が設けられることになります。ただし、定気法においては例外の処理が必要となり、特に重要な中気である夏至・冬至の二至、春分・秋分の二分を併せて二至二分と言い、重要な節気である立春・立夏・立秋・立冬を四立、二至二分と四立を併せて八節と言います。なお二十四節気は、1年を春夏秋冬の4つの季節に分け、それぞれを更に6つに分けた24の期間を表わすものとして使われることもありますが、この場合、二十四節気を更に約5日ずつの3つに分けた七十二候という分類があり、各気各候に応じた自然の特徴が記述され、日本では暦注など生活暦において使われています。
二十四節気は、中国の戦国時代の頃に太陰暦による季節のずれを正し、季節を春夏秋冬の4等区分にするために考案された区分手法の一つで、1年を12の「中気」と12の「節気」に分類、それらに季節を表す名前が付けられたものです。なお日本では、二十四節気は江戸時代の頃に用いられた暦から採用されましたが、二十四節気は元々中国の気候を元に名付けられたもので、日本の気候とは合わない名称や時期も存在します。そのため、それを補足するために二十四節気の他に、土用や八十八夜、入梅、半夏生、二百十日などの「雑節」と呼ばれる季節の区分けを取り入れたのたものが日本の旧暦となっています。
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| 二十四節季とその成立の背景 |
月の運行のみに基づいた純粋太陰暦による日付は太陽の位置と無関係であるため、暦と四季の周期との間にずれが生じて農耕等に不便となります。そこで古代中国では、本来の季節を知る目安として、太陽の運行を元にした二十四節気が暦に導入され、この二十四節気による暦と月の運行による暦とのずれが1か月程度になった時に余分な1か月を閏月として調節するようになりました。
二十四節気はある時期に突然に発明されたわけではなく、段階的に整備されてきたものです。二至二分は日時計によって観察しやすいため古くから認識されていたと考えられており、殷周時代には日の最も短い冬至頃に年始が置かれていました。甲骨文字において月名は1、2、3といった序数で表されていましたが、時折り13月が用いられ、冬至から始まる年と月の運行に基づいた月とを調整していました。従って、殷の暦法は太陰太陽暦でしたが、これは高度な計算を用いたものではなく、自然の観察によって適宜ずれを修正するような素朴な暦法でした。なお、二至二分の名称は『尚書』尭典には、夏至は「日永」、冬至は「日短」、春分は「日中」、秋分は「宵中」と書かれており、また、戦国時代末期の『呂氏春秋』では、夏至は「日長至」、冬至は「日短至」、春分・秋分は「日夜分」と名付けられています。
二至二分の中間点に位置する四立に関しては、『春秋左氏伝』僖公5年の「分至啓閉」という語の「啓」が立春・立夏、「閉」が立秋・立冬と考えられており、『呂氏春秋』において「立春」「立夏」「立秋」「立冬」の語が使われていることから、戦国時代に一般化したものだろうと考えられます。なお、古代中国人は1年12ヶ月を春・夏・秋・冬の四時に分け、正月・2月・3月を春、4月・5月・6月を夏、7月・8月・9月を秋、10月・11月・12月を冬としました。周では冬至を基準に年始が置かれていましたが、これが戦国時代になると、冬至の翌々月を年始とする夏正(夏暦)が各国で採用されるようになりました。こうして、冬至と春分の中間点が正月すなわち春の最初の節気に当たるようになったことで、これが「立春」と名付けられ、他の二至二分四立も春夏秋冬の名が冠せられるようになったと考えられています。
次にその他の二十四節気の名称は、前漢の『淮南子』に出揃っており、それまでの間に名称が固定化したと考えられます。なお、八節を更に3分割したのは月と対応させるためです。戦国時代には19太陽年が235朔望月にほぼ等しいとするメトン周期を導入した四分暦が使われていて、1太陽年を12分割した中気は19太陽年235朔望月に228存在し、7回ほど閏月を設ければ月と中気が対応してゆくことを導き出しました。これにより中気を下に月名を決定することが可能になり、漢の太初暦以降、中気を含まない月を閏月とする歳中置閏法が取られるようになったのです。なお、当時の天球分割法の一つに十二次がありましたが、節気は太陽の視位置が各次の境界である初点にある時、中気は各次の中間の中点にある時とされました。
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| 二十四節季の分割法 |
二十四節気は当初、冬至を計算の起点にして、1太陽年を24等分した約15日毎に設けられましたが、これを平気法や恒気法または時間分割法と言います。しかしながら、地球の軌道は円ではなく楕円であるため、太陽の黄道上での運行速度は一定ではないため、そこで中国では清朝の時憲暦、日本では天保暦から黄道を春分点を起点とする15度ずつの24分点に分け、太陽がこの点を通過する時を二十四節気とすることになりましたが、これを定気法または空間分割法と言います。
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平気法 |
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二十四節気は1年を24等分したものですから 1年=365.2422日の24分の1は 15.2184日です。つまり、15日または16日に1回節気がやって来る計算になります。古い暦では冬至から始めて単純に15日または16日毎に節気を配置しておりますが、この方法を一般に「平気法」と称します。現在用いられている平均太陽日と同じ考え方です。その運用方法は、まず季節の最初を節とし、その次を中として、〔節→中→節→中〕と交互に繰り返してゆきます。節から節(中から中)の間は30.437日ですが、旧暦の月(朔望月)の長さは29.531日なので、1朔望月の中に「中」気を含まない時が来ます。太陰太陽暦では太陽年と太陰暦の帳尻を合わせるために19年に7回の閏月(うるうづき)を挿入し、この年は1年=13ヶ月となりますが、この中気を含まない月を閏月と決めています。なお、平気法は単純で分かりやすい反面、太陽の動きを正確に反映しておらず、冬至を基準として正反対の夏至で太陽の黄経は180度になりません。そのため現在では「定気法」が採用されています。 |
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定気法 |
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定気法は現在用いられている二十四節気の決め方です。地球の軌道は楕円で太陽に近いほど速く動きます。地球から見た太陽の動きも同じなので、太陽の動く速度は一定ではありません。そこで実際の太陽の動きを基準に 黄道上で15度動く毎に節気を配置する方法を一般に「定気法」と称し、その基準点として春分を用いています。この方法は西洋の暦の影響を受けた中国清朝の時憲暦(元々明朝末期に作られた『崇禎暦書』で、清朝になり『時憲暦』として1644年に採用)から採用され、日本では1844年に実施された天保暦から用いられている方法です。なお、節気の名称は中国黄河流域の季節を元にしているので、日本では感覚的な差もあります。 |
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| 二十四節季の名称とその種類 |
二十四節気の名称は、発案された当時のものがほぼそのまま使われています。また、節気名称は実際の気温よりは太陽の高度を反映したものとなっています。なお、日本では独自に雑節が設けられたり、本朝七十二候が作られたりしました。その名称の由来を種類別に分けると以下のようになります。
- 昼夜の長短を基準にした季節区分(各季節の中間点): 春分・夏至・秋分・冬至
- 昼夜の長短を基準にした季節区分(各季節の始期):立春・立夏・立秋・立冬
- 気温:小暑・大暑・処暑・小寒・大寒
- 気象:雨水・白露・寒露・霜降・小雪・大雪
- 物候:啓蟄・清明・小満
- 農事:穀雨・芒種
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| 四季と二十四節季 |
二十四節気(にじゅうしせっき)は、今でも立春、春分、夏至など季節を表す言葉として用いられています。1年を春夏秋冬の4つの季節に分け、さらにそれぞれを6つに分けたもので、「節または節気」と「気(中〔ちゅう〕または中気〔ちゅうき〕とも呼ばれる)」が交互にあります。太陰太陽暦(旧暦)の閏月を設ける基準となっていて、中気のない月を閏月としていました。二十四節気は、その年によって1日程度前後することがあります。なお、二十四節季は春夏秋冬の季節毎に六節季づつ、また各月毎には二節季ずつ配当されます。
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| 春の六節季 |
| 立春(りっしゅん) 2月4日頃 |
春の初め。『暦便覧』には「春の気たつをもつてなり」とあり、暦上はこの日から春になります。
立春とは春めいてくる日、初めて春の気配が現れてくる日、春立つ日のことですが、実際の気候ではこの頃はまだ寒さのどん底。立春を過ぎると寒が明けた事になるのですが、地方によっては年間最低気温はむしろ立春以後に出る事が半分近くもあります。
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| 雨水(うすい) 2月19日頃 |
空から降るものが雪から雨に変わり、雪が溶け始める頃。正月中。暦便覧には「陽気地上に発し、雪氷とけて雨水となればなり」とあります。
雨水とは、暖かさに雪や氷が解け出し、蒸発し雨水となって降り出すころの意味。厳しかった寒さも次第に緩み、雪原から上昇する水蒸気が上空で冷やされて春の雨を降らせますが、しかし、実際の気候ではまだまだ寒い最中で、雪も降れば氷も張る日があります。地方によっては、それでも日が射すような日には屋根に積もった雪が雨だれとなって落ちることがあり、この情景の方が如何にも実感的です。
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| 啓蟄(けいちつ) 3月5日頃 |
大地が暖まり冬眠をしていた虫が穴から出てくる頃。暦便覧には「陽気地中にうごき、ちぢまる虫、穴をひらき出ればなり」とあります。
啓蟄とは本来は、冬眠していた蛇や蛙などが暖かさに誘われて冬眠から覚めて初めて姿を見せる頃の意味ですが、しかし、実際に虫が活動を始めるのは一日の平均気温が10℃以上になってからと言われています。そこから見ると、地方にもよりますが、大体1ヶ月ほども先のことになります。ちなみに北陸地方では、ニホンアマガエルが初めて姿を見せる平均日は大体4月10日前後になります。
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| 春分(しゅんぶん) 3月21日頃 |
太陽が春分点を通過した瞬間、すなわち太陽の視黄経が0度となった瞬間を「春分」と定義する『暦便覧』には「日天の中を行て昼夜等分の時なり」とあります。
この日を挟んで前後7日間が春の彼岸。春分は太陽が春分点に達して昼夜の時間が等分になる日ということで「春たけなわ」の意味もあります。昼夜の長さがほぼ同じ頃で、この後は1日におよそ2分間ずつ昼間の時間が長くなってゆきます。また、この頃の平均気温は秋の彼岸の頃と比べると大体10度以上も低いのですが、春は冬を経て寒さに慣れているために体感的に暖かさを感じるようです。
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| 清明(せいめい) 4月4日頃 |
万物が清々しく明るく美しい頃。暦便覧には「万物発して清浄明潔なれば、此芽は何の草としれるなり」とあります。
清明とは「清浄明潔」の略で、草木が芽吹き出して草木の種類が明らかになってくる日の意味。この頃の晴れ渡った空はまさに「清浄明潔」の語が相応しく、地上では新芽が芽吹き、様々な花が咲き出して万物が新鮮になり、明るく清らかな季節がやってきたということになります。
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| 穀雨(こくう) 4月20日頃 |
穀雨とは穀物の成長を助ける雨のことで、暦便覧には「春雨降りて百穀を生化すればなり」とあります。
穀雨とは「五穀を潤す雨が降る」という意味。春の暖かい雨が降って穀物の芽が伸びてくる頃、田んぼや畑の土は雨を吸って黒々とした肌に変わってゆきます。どことなく生き生きした情景で、この頃から変わりやすい春の天気も安定し、日差しも強まって来ます。
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| 夏の六節季 |
| 立夏(りっか) 5月5日頃 |
夏の気配が感じられる頃で、この日から夏となります。暦便覧には「夏の立つがゆへなり」とあります。
立夏とは、夏の気配が現れてくる日とか夏めいてくる頃という意味で、この日から立秋の前日までが夏となります。若葉・青葉に包まれて新緑が一段と映えて美しい季節で、時には汗ばむ陽気になることもあります。
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| 小満(しょうまん) 5月21日頃 |
万物が次第に成長して一定の大きさに達して来る頃。暦便覧には「万物盈満(えいまん)すれば草木枝葉繁る」とあります。
小満とは、陽気がよくなって草木などの生物がしだいに成長して生い茂るという意味。地方にもよりますが、25度を超える夏日が多くなるのもこの頃からのことです。
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| 芒種(ぼうしゅ) 6月6日頃 |
芒(のぎ)を持った植物の種をまく頃。暦便覧には「芒ある穀類、稼種する時なり」とありますが、実際には現在の種蒔きはこれよりも早い時期に行なわれます。
芒(のぎ)とは穂先にある植物の実の外側の固い毛を指し、従って芒種とは「芒のある穀物の種蒔きの時期」という意味となります。また、中には麦を刈り、稲を植える頃とする説もあります。今は田植えは一カ月ほど早くなって五月中旬頃が盛んですが、麦は今がちょうど黄色く色づいて、まさしく麦秋となっています。
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| 夏至(げし) 6月21日頃 |
北半球では1年中で一番昼が長く夜が短い日で、『暦便覧』には「陽熱至極しまた、日の長きのいたりなるを以てなり」とあります。
夏至とは太陽高度が最も高くなり、1年の中で昼間の最も長い日のことです。1年で昼間が最も短い「冬至」と比べると5時間余りも昼間が長くなっていますが、北陸地方は梅雨の真っ直中で、紫陽花や花菖蒲などの雨の似合う花が咲く季節です。ただ、太陽高度が最も高い時期なので、晴れれば強い日差しをもろに浴びることになるため、日焼けには特に注意が必要となります。
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| 小暑(しょうしょ) 7月7日頃 |
梅雨明けが近づき、暑さが本格的になる頃。暦便覧には「大暑来れる前なればなり」とあります。
小暑とは暑さが加わる頃とか本格的な暑さが始まる日などの意味ですが、年によって違いがあるものの、実際に本格的な暑さが始まるのはもう少し先となります。地方にもよりますが、この頃は蒸し暑い日が出現するものの、カラッとした本格的な暑さは平年の梅雨明け頃からと見た方がよいでしょう。
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| 大暑(たいしょ) 7月23日頃 |
快晴が続き気温が上がり続ける頃。暦便覧には「暑気いたりつまりたるゆえんなればなり」とあります。
大暑とは暑気が至り最も暑い日、厳しい暑さの頃という意味です。地方にもよりますが、大体梅雨明けの頃で、夏の主人公の太平洋高気圧が勢力を強めて梅雨前線を北に押し上げます。一気に夏本番に移る時期です。
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| 秋の六節季 |
| 立秋(りっしゅう) 8月7日頃 |
初めて秋の気配が表われてくる頃とされ、『暦便覧』では「初めて秋の気立つがゆゑなれば也」とあります。
立秋とは、初めて秋の気配が現われて来る日とか涼しい風が吹いて秋らしくなる頃の意味で、この日から立冬の前日までが秋となります。しかし、暦とはずいぶん異なって実際にはまだまだ暑さが厳しく、夏が真っ盛りの時期でもあります。なお、暑中見舞いはこの前日までで、この日以降は残暑見舞いとなります。
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| 処暑(しょしょ) 8月23日頃 |
暑さが峠を越えて後退し始める頃。『暦便覧』には「陽気とどまりて、初めて退きやまむとすれば也」とあります。
「処」は「とどまる、落ち着く」という意味があり、暑さが収まる頃という意味。厳しい夏の暑さが過ぎ、秋の涼しさが感じられる時期、また暑さが峠をこえて後退し始め、朝夕は心地よい涼風が吹き出す時期となります。
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| 白露(はくろ) 9月7日頃 |
大気が冷えて来て露が出来始める頃。『暦便覧』には「陰気やうやく重りて、露にごりて白色となれば也」とあります。
白露とは、大気が冷え、野の草に露が宿って白く見える頃の意味。秋分の15日前で、この頃から秋の気配をひとしお感じるようになります。露は大気が冷やされて大気中の水蒸気が地面や地物の表面に凝結して出来た水滴のことで、風が弱く晴れた夜ほど大気の冷却が大きく、露が出来やすくなります。なお、露は秋の季題にもなっており、秋の季節感をそそります。
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| 秋分(しゅうぶん) 9月23日頃 |
昼夜の長さがほぼ同じになる時期ですが、実際には昼の方が夜よりも少し長くなっています。『暦便覧』には「陰陽の中分なれば也」とあります。
秋分の日は、秋の彼岸の中日に当たり、それぞれの祖先を敬い、亡くなった人の霊を偲ぶ日として広く親しまれています。厳しかった残暑も弱まり、日毎に冷気が強まる時期です。この日は太陽が大体真東から出て真西に沈み、昼と夜の長さがそれぞれ12時間ですが、この後次第に昼の時間が短くなり、いわゆる「秋の夜長」が始まります。
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| 寒露(かんろ) 10月8日頃 |
露が冷気によって凍りそうになる頃。『暦便覧』には「陰寒の気に合つて露結び凝らんとすれば也」とあります。
寒露とは冷たい露の結ぶ頃という意味で、そろそろ朝晩は寒さを覚えるようになります。季節は秋の長雨が終わって、これからが本格的な秋になります。菊の花が咲き始め、コオロギが鳴き止んで、雁が渡って来る頃です。地方にもよりますが、この寒露を過ぎれば、雨の日にはもう吐く息が白く見えるようになります。
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| 霜降(そうこう) 10月23日頃 |
露が冷気によって霜となって降り始める頃。『暦便覧』には「露が陰気に結ばれて霜となりて降るゆゑ也」とあります。
霜降とは霜が降りる頃という意味。霜は最低気温が3度を割る頃から降り始め、日本の南と北ではその時期が大きく違いますが、本州中部の松本、高山などではちょうどこの頃からです。
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| 冬の六節季 |
| 立冬(りっとう) 11月7日頃 |
初めて冬の気配が現われて来る日。『暦便覧』には「冬の気立ち始めて、いよいよ冷ゆれば也」とあります。
立冬とは冬の始め、この日から立春の前日までが暦の上で冬ということになります。俳句では11月は冬ですが、気象では12、1、2月が冬になります。この立冬の頃は北国では初雪が降り、本州では「木枯らし」が吹き出す頃で、北陸地方などでは平地まで紅葉前線が下りて落ち葉が目立つようになります。
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| 小雪(しょうせつ) 11月22日頃 |
僅かながら雪が降り始める頃。『暦便覧』には「冷ゆるが故に雨も雪と也てくだるが故也」とあります。
小雪とは、冷え込みが厳しく小雪がちらつき始める頃という意味です。この頃から西高東低の冬型の気圧配置が多くなり、雪の季節を迎えます。北海道では根雪になり、関東や東海でも初氷が見られるようになります。
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| 大雪(たいせつ) 12月7日頃 |
雪が激しく降り始める頃。『暦便覧』には「雪いよいよ降り重ねる折からなれば也」とあります。
大雪とは、冬型の気圧配置が強まり、雪が大いに降り積もる頃という意味で、山の峰は雪に覆われ、平地でも雪が降る頃。本格的な冬の到来です。ただ、地方にもよりますが、平地でこの頃に大雪の降ることは余りありません。
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| 冬至(とうじ) 12月22日頃 |
北半球では1年の間で昼が最も短く夜が最も長くなる日。『暦便覧』には「日南の限りを行て、日の短きの至りなれば也」とあります。
1年中で最も夜の長い日のことで、この日より日が伸び始めることから、古くはこの日を年の始点と考えられていました。暦の上では冬の半ばですが、寒さはむしろこれからが本番で、これからは特に西高東低の冬型の気圧配置の日が多くなり、本格的な雪の季節を迎えます。
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| 小寒(しょうかん) 1月5日頃 |
寒さが最も厳しくなる前の時期で、この日を寒の入りとします。『暦覧』には「冬至より一陽起こる故に陰気に逆らふ故、益々冷える也」とあります。
小寒とは寒さが最も厳しくなる前とか寒さが加わる頃という意味で、いわゆる「寒の入り」のことです。小寒後15日で大寒に入り、大寒後15日で寒が明ける、つまり小寒から節分までが「寒の内」となります。ちなみに寒の内とは1年の内最も気候の寒い季節のことで、暦の上の寒の内が実際には気温の最も低い季節です。
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| 大寒(だいかん) 1月20日頃 |
寒さが最も厳しくなる頃。『暦便覧』には「冷ゆることの至りて甚だしきときなれば也」とあります。
大寒とは1年中で寒さが最も厳しくなる頃という意味。また、小寒から節分までの約1ヶ月間を「寒の内」と言いますが、大寒はその真ん中に当たります。そして、大寒から立春前日の節分までの約半月間は特に寒さの厳しい時期に当たり、各地で年間の一番寒い記録が現われます。この大寒の時期は寒さに関して暦と実際の気象とがよく合っていると言えます。
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| 雑節 |
二十四節気を補う季節の移り変わりの目安として、雑節(ざっせつ)というものがあり、今でも行事などが行なわれています。暦はもちろんカレンダーには、二十四節気以外にこの「雑節」が記載されているものがあります。たとえば有名なもので「土用」とか「彼岸」などがありますが、これらはその入りの日付けを示しています。
| 節分(せつぶん) |
大寒より15日目で、立春の前日。季節の分かれ目のことで、本来は四季、すなわち立春・立夏・立夏・立冬の前日全てを節分と言ったのですが、現在では春、すなわち立春の前日のみを節分と呼ぶようになりました。〔立春=初春=年始〕とする考え方から1年の最後とされ、邪気払いの行事が行なわれる風習が多く残っています。
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| 彼岸(ひがん) |
春秋の彼岸会(ひがんえ)のことで、春分と秋分の前後の3日ずつの計7日のこと。春分の日、秋分の日を中日(ちゅうにち)として前後3日の計7日を指し、終日を明けと呼びますが、一般に中日のみを彼岸ということも多くあります。元来は仏教行事であったものが暦に加えられ、雑節となったもので、日本独特のものです。仏典の波羅蜜多(はらみた=サンスクリット語のパーラミッタ)を漢訳した「到彼岸」に由来します。
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| 社日(しゃにち) |
春分の日、秋分の日に最も近い戊(つちのえ)の日のことで、1年に2回あります。「社」は産土神(うぶすながみ)のことで、春には豊作を祈り、秋には収穫を祝う行事をそれぞれ行なうのですが、最近では余り行なわれないようになりました。
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| 八十八夜(はちじゅうはちや) 5月2日頃 |
立春から数えて88日目を言い、種蒔きの目安の日。5月2日頃のことです。農耕を営むための重要な日で、茶摘み・苗代の籾蒔きなど目安とされています。また、霜が降りることが少なくなる頃ではありますが、遅霜の被害が出る時期でもあり、注意を促す意味もあるとされます。なお、江戸時代の幕府天文方であった渋川春海(しぶかわはるみ)が雑節として貞享暦(1684)に取り入れたとされます。
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| 入梅(にゅうばい) 6月11日頃 太陽黄経80° |
太陽黄経が80度になる日を入梅と言い、6月11日頃です。太陰太陽暦では芒種の後の壬(みずのえ)の日で、梅雨の雨が降り始める頃。田植えのための重要な意味があります。梅の実が熟す時期という意味と黴が生えやすいので黴雨(ばいう)が被って「梅雨」になったとも言います。本来は梅雨入りを示す雑節でしたが、現在は実際の梅雨入りとは無関係になっています。
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| 半夏生(はんげしょう) 7月2日頃 太陽黄経100° |
太陽黄経が100度になる日で、太陰太陽暦では夏至より10日後とされ、新暦では7月2日頃です。天より毒気を下す日とも言います。ちなみに、半夏は仏教用語で夏安居接心(げあんごせっしん=僧の修行する期間のこと)の中間を言います。また、半夏はドクダミ科の毒草のことでもあり、それが生える時期を示すとも言われています。
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| 土用(どよう) 太陽黄経27°、117°、207°、297° |
本来は立春・立夏・立秋・立冬の前18日間で、太陽黄経27°、117°、207°、297°の日とされていましたが、現在では特に立夏前のことだけを土用と言うことが多くなりました。この期間は土公神(どくじん)が支配すると言われ、土を犯すこと、また土いじりは忌むべきこととされました。なお、この立夏前の土用に鰻を食す風習は江戸時代の蘭学者・平賀源内が始めたとする説が有力です。
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| 二百十日(にひゃくとおか) 9月1日頃 |
立春から数えて210日目で、9月1日頃に当たります。必ず暴風雨があるとされます。稲の開花時期と台風を警戒する意味から渋川春海が貞享暦に記載したと言われていますが、それ以前からも各地で使われている雑節であるとされます。
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| 二百二十日(にひゃくはつか) 9月10日頃 |
立春から数えて220日目で、9月10日頃に当たり、二百十日と同じ意味を持っています。これも渋川春海によるものとの説がありますが、それ以前の京暦や伊勢暦にも記載があるということが分かっています。
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| 【3】七十二候とその一覧 |
伝統的な二十四節季や雑節以外に、最近注目されてきたものに七十二候というものがあります。本節では、一般にまだ余り馴染みのないこの七十二候の名称などについて紹介します。
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| 七十二候とは? |
七十二候(しちじゅうにこう)とは、二十四節気をさらに3つに分けた分類法で、約5日毎の気候を表すものです。そのそれぞれの名称は、気象の動きや動植物の変化を知らせる短文(漢文)になっています。七十二候は、春夏秋冬の季節毎に18候ずつ、各節季毎に3候つずつ、そして各月毎に6候ずつ配当されています。
二十四節気は古代中国のものがそのまま使われていますが、七十二候の名称は何度か変更されていて、 日本でも江戸時代に入ってからは渋川春海ら暦学者によって日本の気候風土に合うように改訂され、
「本朝七十二候」が作成されました。また、1874年(明治7年)の『略本暦』には、それまでと大幅に異なる七十二候が掲載されています。なお、 各季節は、たとえば春ならばそれぞれ「初春」「仲春」「晩春」に分割し、それぞれひと月とします(※煩雑となるため、下に掲げた表ではそれらは省略して示しました)。そして、そのひと月を更に「節」と「中」に2分割して、そのそれぞれを更に3分割した各候をそれぞれ「初候」「次候」「末候」と言います。
| ◆ |
渋川春海(しぶかわ はるみ 又はしゅんかい) 1639〜1715 |
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江戸前期の暦学者で京都の人。初代幕府天文方。碁所(ごどころ)家元安井算哲の子で、助左衛門と称す。二世安井(保井)算哲。後に渋川と改姓。1684年(貞享1)年に宣明暦を改めて貞享暦を作る。著書に『天文瓊統』などがある。 |
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| 日本の七十二候とその一覧 |
| 四季 |
二十四節季 |
本朝=日本=七十二候 |
| 日付 |
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名称(読み) |
意味 |
| 春 |
立春 |
2月4日 |
1 |
東風解凍(とうふう=はるかぜ=こおりをとく) |
東風が厚い氷を解かし始める |
| 2月9日 |
2 |
黄鶯?v(おうこうけんかんす) |
ウグイスが山里で鳴き始める |
| 2月14日 |
3 |
魚上氷(うおこおりをはいずる) |
割れた氷の間から魚が飛び出る |
| 雨水 |
2月19日 |
4 |
土脉潤起(つちのしょううるおいおこる) |
雨が降って土が湿り気を含む |
| 2月24日 |
5 |
霞始靆(かすみはじめてたなびく) |
霞がたなびき始める |
| 3月1日 |
6 |
草木萠動(そうもくめばえいずる) |
草木が芽吹き始める |
| 啓蟄 |
3月6日 |
7 |
蟄虫啓戸(すごもりむしとをひらく) |
冬ごもりの虫が出てくる |
| 3月11日 |
8 |
桃始笑(ももはじめてわらう=さく) |
桃の花が咲き始める |
| 3月16日 |
9 |
菜虫化蝶(なむしちょうとなる) |
青虫が羽化して紋白蝶になる |
| 春分 |
3月21日 |
10 |
雀始巣(すずめはじめてすくう) |
雀が巣をかまえ始める |
| 3月26日 |
11 |
桜始開(さくらはじめてひらく) |
桜の花が咲き始める |
| 3月31日 |
12 |
雷乃発声(かみなりすなわちこえをはっす) |
遠くで雷の声がし始める |
| 清明 |
4月5日 |
13 |
玄鳥至(げんちょういたる=つばめきたる) |
ツバメが南からやって来る |
| 4月10日 |
14 |
鴻雁北(こうがんきたす=かえる) |
雁が北へ渡って行く |
| 4月15日 |
15 |
虹始見(にじはじめてあらわる) |
雨の後に虹が出始める |
| 穀雨 |
4月20日 |
16 |
葭始生(あしはじめてしょうず) |
葦が芽を吹き始める |
| 4月25日 |
17 |
霜止出苗(しもやみてなえいずる) |
霜が終わり稲の苗が生長する |
| 4月30日 |
18 |
牡丹華(ぼたんはなさく) |
牡丹の花が咲く |
| 夏 |
立夏 |
5月5日 |
19 |
蛙始鳴(かわずはじめてなく) |
蛙が鳴き始める |
| 5月10日 |
20 |
蚯蚓出(きゅういん=みみず=いずる) |
ミミズが地上に這い出る |
| 5月15日 |
21 |
竹笋生(たけのこしょうず) |
竹の子が生えて来る |
| 小満 |
5月21日 |
22 |
蚕起食桑(かいこおきてくわをはむ) |
蚕が桑を盛んに食べ始める |
| 5月26日 |
23 |
紅花栄(べにばなさかう) |
紅花が盛んに咲く |
| 5月31日 |
24 |
麦秋至(ばくしゅう=むぎのとき=いたる) |
麦が熟し麦秋(ばくしゅう)となる |
| 芒種 |
6月6日 |
25 |
螳螂生(とうろう=かまきり=しょうず) |
カマキリが生まれ出る |
| 6月11日 |
26 |
腐草為蛍(ふそう=かれたるくさ=ほたるとなる) |
腐った草の下から蛍が生ずる |
| 6月16日 |
27 |
梅子黄(うめのみきなり) |
梅の実が黄ばんで熟す |
| 夏至 |
6月21日 |
28 |
乃東枯(ないとう=なつかれくさ=かるる) |
夏枯草が枯れる |
| 6月27日 |
29 |
菖蒲華(しょうぶ=あやめ=はなさく) |
アヤメの花が咲く |
| 7月2日 |
30 |
半夏生(はんげしょうず) |
カラスビシャクが生える |
| 小暑 |
7月7日 |
31 |
温風至(おんぷう=あつかぜ=いたる) |
温かい風が吹いて来る |
| 7月12日 |
32 |
蓮始開(はすはじめてひらく) |
蓮の花が開き始める |
| 7月17日 |
33 |
鷹乃学習(たかすなわちがくしゅうす=わざをならう) |
鷹の幼鳥が飛ぶことを覚える |
| 大暑 |
7月23日 |
34 |
桐始結花(きりはじめてはなをむすぶ) |
桐の実が成り始める |
| 7月29日 |
35 |
土潤溽暑(つちうるおうてじょくしょす=むしあつし) |
土が湿って蒸し暑くなる |
| 8月3日 |
36 |
大雨時行(たいうときどきおこなう=ふる) |
時として大雨が降る |
| 秋 |
立秋 |
8月7日 |
37 |
涼風至(りょうふう=すずかぜ=いたる) |
涼しい風が立ち始める |
| 8月13日 |
38 |
寒蝉鳴(ひぐらしなく) |
ヒグラシが鳴き始める |
| 8月18日 |
39 |
蒙霧升降(もうむしょうご=ふかきりまとう) |
深い霧が立ち込める |
| 処暑 |
8月23日 |
40 |
綿柎開(めんぷ=わたのはなしべ=ひらく) |
綿を包む咢(がく)が開く |
| 8月28日 |
41 |
天地始粛(てんちはじめてしゅくす=さむし) |
漸く暑さが鎮まる |
| 9月2日 |
42 |
禾乃登(こくものすなわちみのる) |
稲が実る |
| 白露 |
9月8日 |
43 |
草露白(そうろう=くさのつゆ=しろし) |
草に降りた露が白く光る |
| 9月13日 |
44 |
鶺鴒鳴(せきれいなく) |
セキレイが鳴き始める |
| 9月18日 |
45 |
玄鳥去(げんちょう=つばめ=さる) |
ツバメが南へ帰って行く |
| 秋分 |
9月23日 |
46 |
雷乃収声(かみなりすなわちこえをおさむ) |
雷が鳴り響かなくなる |
| 9月28日 |
47 |
蟄虫坏戸(ちっちゅうこをはいす=むしかくれてとをふさぐ) |
虫が土中に掘った穴を塞ぐ |
| 10月3日 |
48 |
水始涸(みずはじめてかるる) |
水が凍り始める |
| 寒露 |
10月8日 |
49 |
鴻雁来(こうがんきたる) |
雁が飛来し始める |
| 10月13日 |
50 |
菊花開(きくのはなひらく) |
菊の花が咲く |
| 10月18日 |
51 |
蟋蟀在戸(しっそく=きりぎりす=とにあり) |
キリギリスが戸にあって鳴く |
| 霜降 |
10月23日 |
52 |
霜始降(しもはじめてふる) |
霜が降り始める |
| 10月28日 |
53 |
霎時施(こさめときどきふる) |
小雨がしとしと降る |
| 11月2日 |
54 |
楓蔦黄(ふうかつきなり=もみじつたきばむ) |
紅葉や蔦が黄葉する |
| 冬 |
立冬 |
11月7日 |
55 |
山茶始開(さんちゃ=つばき=はじめてひらく) |
ツバキの花が咲き始める |
| 11月12日 |
56 |
地始凍(ちはじめてこおる) |
大地が凍り始める |
| 11月17日 |
57 |
金盞香(きんせんこうばし=きんせんかさく) |
水仙の花が咲く |
| 小雪 |
11月22日 |
58 |
虹蔵不見(にじかくいれてみえず) |
虹を見かけなくなる |
| 11月22日 |
59 |
朔風払葉(きたかぜこのはをはらう) |
北風が木の葉を払いのける |
| 11月22日 |
60 |
橘始黄(たちばなはじめてきばむ) |
橘の葉が黄葉し始める |
| 大雪 |
12月7日 |
61 |
閉塞成冬(へいそくして=そらさむく=ふゆとなる) |
天地の気が塞がって冬となる |
| 12月12日 |
62 |
熊蟄穴(くまあなにこもる) |
熊が冬眠のために穴に隠れる |
| 12月16日 |
63 |
鮭魚群(けつぎょ=さけのうお=むらがる) |
鮭が群がり川を上る |
| 冬至 |
12月22日 |
64 |
乃東生(なつかれくさしょうず) |
夏枯草が芽を出す |
| 12月27日 |
65 |
麋角解(びかくげす=さわしかつのおつる) |
大鹿が角を落とす |
| 1月1日 |
66 |
雪下出麦(せつかむぎをいだす=ゆきわたりてむぎのびる) |
雪の下で麦が芽を出す |
| 小寒 |
1月5日 |
67 |
芹乃栄(せりすなわちさかう) |
芹がよく生育する |
| 1月10日 |
68 |
水泉動(すいせんうごく=みずあたたかをふくむ) |
地中で凍った泉が動き始める |
| 1月15日 |
69 |
雉始?(きじはじめてなく) |
雄の雉が鳴き始める |
| 大寒 |
1月20日 |
70 |
款冬華(かんとうはなさく=ふきのはなさく) |
蕗の薹が蕾を出す |
| 1月25日 |
71 |
水沢腹堅(すいたくふけん=さわみずこおりつめる) |
沢に氷が厚く張りつめる |
| 1月30日 |
72 |
鶏始乳(にわとりはじめてとやにつく) |
鶏が卵を産み始める |
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※二十四節季の日付(表では、その節季中の七十二候の最初の日付で代表させた)は年によって微妙にずれますが、表に記載した月日を規準にして前後1日程度の違いにほぼ収まります。また期間として考える場合は、その日から次の節の前日までが1節季となります。
※七十二候の日付は、その日の前後頃から始まって次の候の前の日までの5日間です。なお七十二候の番号は第一候、第二候・・・第七十二候と表記するのが一般ですが、表中においては算用数字で表わしました。
※七十二候は様々なパターンがあるため、明治の初め頃に使われていたものに一括しました。読みについては、古いものと違う場合には明治期のものを=の記号で区別して表記しました。 |
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| 参考:参考図書と参考サイト2 |
| ◆二十四節季と七十二候に関する参考図書 |
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| ■ |
山下景子・著 |
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『二十四節気と七十二候の季節手帖』 |
|
成美堂出版、2014年01月刊・1,200円 |
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「立春」「雨水」「啓蟄」…1年を24等分した二十四節気。それをさらに三つに分けた七十二候。日本には豊かな季節の移ろいがあります。 |
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| ■ |
ひきちガーデンサービス・著 |
|
『二十四節気で楽しむ庭仕事』 |
|
築地書館、2014年11月刊・1,800円 |
|
季語を通して見ると、庭仕事の楽しみ百万倍。めぐる季節のなかで刻々変化する身近な自然を、オーガニック植木屋ならではの眼差しで描く。 |
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| ■ |
白井明大・文+有賀一広・絵 |
|
『日本の七十二候を楽しむ 旧暦のある暮らし』 |
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東邦出版、2012年03月刊・1,600円 |
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日本には二十四の節気と七十二もの季節があることを知っていますか? 鶯の谷渡り、蛍狩り、半夏雨、十三夜、落ち葉焚き、ふろふき大根、旬の野菜や果物、魚、野鳥、草花、折々の風や雲の名前。旧暦は心と体で感じる日々の楽しみに満ちています。四季のある国に生まれた喜びを味わう、自然によりそう、昔ながらの生活を大切にしなおすことの中に、人が自然と結びつき、生き生きと暮らせる知恵が宿っている。一年を四等分した四季、二十四等分した二十四節気、そして七十二等分した七十二候。「東風凍を解く」「桃始めて笑う」「虹始めて見る」など、名前だけでも風情に富んだ七十二候から見た「旧暦の暮らし」をテーマに、その時々の旬の魚や野菜、果物、季節の花や鳥、またその時季ならではの暮らしの楽しみや行事のことなどをオールカラーのイラストとともに紹介。 |
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| ■ |
うつくしいくらしかた研究所・編 |
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『七十二候の料理帖 くらしのこよみ』 |
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平凡社、2013年11月刊・1,400円 |
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大人気アプリ「くらしのこよみ」がお届けする旬の素材の愉しみかた。和・洋・中華・エスニックまで、七十二候を自由に味わってみませんか。五日ごとの旬を味わうレシピ集。 |
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| ■ |
小山薫堂・監修 |
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『きょうの料理七十二候』 |
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講談社、2013年12月刊・1,800円 |
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日々の食卓を代表する365日のメニューをNHK「きょうの料理」の半世紀の歴史から厳選! 日本の季節を72分割した七十二候にふさわしいメニューの写真と365日分の逸品イラストを凝縮しました。1957年(昭和32年)より「お茶の間の味」をリードしてきたNHKの看板番組にして日本一の長寿番組を、いまもっともスマートなクリエイター、映画『おくりびと』の脚本家・小山薫堂がリ・プロデュース! 10000品以上に及ぶこれまでの番組紹介料理から小山薫堂が1年間365日の「その日のメニュー」を厳選し紹介。中でも日本古来の季節の移り変わりを愛でる「七十二候」を具現化した72品を再現し、それぞれのメニューに因んだ錚々たるシェフたちの逸話や番組紹介時の世相、食卓風景の移り変わりを盛り込んだ日本の全家庭必携の「現代版歳時記」!! 江上トミ/王馬熙純/城戸崎愛/鈴木登紀子/辰巳芳子/陳建民・建一/堀江泰子/村上信夫……珠玉の講師たちが披露した料理がいっぱい!! |
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